「普通」とか「みんな」を使う時

20
2月
2018

みなさまこんにちは♪

最近、

本当に晴天続きですね~

でも体調を崩されている方も多いですし、まだまだ

インフルエンザなどの影響も大きいなと感じています。

 

さて、今日は「普通」とか「みんな」という言葉を使う時の

私たちの心の様相を書いてみますね。

 

とても軽やかで全くいい感覚で楽に使っている時はある意味

どんな言葉でもOKなのですが

自分の心の中で・・・誰かとのおしゃべりの中で

「普通はね・・・〇〇だよね」

「みんな△△なのが当たり前なのに・・・」

とか、流れている時・・・

 

自分の中で無意識ですが誰かや何かと「比べた状態」で

そこを判断してこの声が出ている・・・と思います。

 

昨日、セッションの合間に「グレイテスト ショーマン」という

ヒュー ジャックマン主演のミュージカル映画を見てきました。

*音が出るのでご注意ください♪

 

この映画で何度も涙が溢れるのはいかに私自身も他者や状況、

世間のこうあるべきという常識などに囚われていて

本当の感じている「これが私自身なんだ」という肯定感よりも

「普通」「みんな」というものに巻き込まれているのか・・・

 

セッションでも同じです。

自分のユニークさで苦しんでいらっしゃる方々が走馬灯のように

頭に浮かびました・・・。

 

これを何度も違う角度から見せられて・・・

 

「私がユニークな私自身を認める」

「私が私を赦す」

「私が私に誇りを持つ」

 

素晴らしさと深さと温かさと安堵感に包まれた時間でした。

 

自分が自分を肯定したい気持ちはもちろんあるのですが

これを貫こうとしたときに立ちはだかる壁が様々な形で

襲い掛かってくるのです・・・

 

でも・・・

 

やっぱり「私」しかいないんだ・・・

ベタですが私が私を受け入れ愛する事こそが無敵であるし

そこには愛がベースなのでどんな脅威や弱さがあっても

溶けていくのです・・・

 

惨めでどうしようもなくダメな自分も・・・

勇敢な力のある自分も・・・

どちらも本当の私なのだ・・・

 

私もあなたも・・・

 

それを知っている・・・

 

自分が作った、他者から教えられた、社会が持っている

「普通」をもう一度自分の中の恐れや不安から見つめてみる時間でした。

 

相田みつをさんの詩もふと思い出されましたね。

 

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ぐちをこぼしたっていいがな
弱音を吐いたっていいがな
人間だもの
たまには涙をみせたっていいがな
生きているんだもの

- 相田みつを -

 

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うわぁ~~んと泣きたい気分です♡

そしてうわ~~んと泣きたい人をそっと抱きしめたい気分♡

わかるわかる・・・。

 

 

 

 

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