もう分かっている時の落とし穴

25
10月
2018

おはようございます♪

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

暖かな光と爽やかな秋晴れですね~

 

いつもなんですが「しょうか?」と打つと

「消化?」となるのがおかしくて一人で笑いが出ます~

→暇人ですね・・・笑

 

========

 

さて、今日書いてみたいことは・・

 

私たちって基本的に

「出来ている自分」

「分かっている自分」

「解決した自分」

「乗り越えた自分」って好きですよね。

気持ちがいいし、なんか清々しかったり

自分を誇りに思ったり・・・

 

しかも、やっとそうなった‥と思った時は

特に気持ち良いので手放したくないと思いませんか?

 

例えば・・・

ずっとできなかった数学の問題があったとして・・・

それがやっと「出来た~、分かった~」となりましょう。

分からなかったときは同じクラスの誰かと自分を比べて

「私はあの人より出来ない」

「みんなは理解している・・私だけバカなんだ」

「このクラスに居ることは恥ずかしい」

「私の事、みんな心の中で軽蔑している」

などなど・・・

 

エンドレスで「私はダメだストーリー」は爆走しています。

なので余計に「分かった、出来た」時は

グリコのゴールのイメージの様に(時代的にOK??)

もう、これに関しては一切「終わったこと」に

なるのは当たり前ですよね。

 

だって無意識にずっと分からなかった私が

「分かる自分」を求めていたのですから・・・

無理もありませんよね。

 

これ自体が悪いとか、いけないという話ではなく

何が言いたいかといえば

分かった自分になったことで

このままずっと行ってしまうのです・・・

→振り返りをしなくなる

 

これは同時に「ここで進まなくなります」

 

もし、分かったはずなのに、出来たはずなのに

何かが辻褄合わなくなったり、しっくりこない時

すっきりしない時には、もう一度本当に分かっているのかを

振り返れたら・・・

 

そこから見落としや、まだ見えていなかったところに

気づいたりできるのですが

通常、分かったとなったところは見なくなるので

「分かった自分視点」でしか物事が見れなくなります

再び分からない自分には戻りたくないですから・・・

 

ある一つの見方だけでそれを確定してしまったことで、

その人の本当の声が伝わらなかったり

自分の決めた枠で物事を解決しようとしている時の私は

結局、見えないまんまで行けば

そこどまりになってしまうのです・・・

 

なので・・・

「出来る、分かる」ことは思いっきり喜んでそこは

パーティー開きましょう♪

でも、辻褄が合わずにしっくりこない時は

「見落としているものはないか?」

 

この目線も出てくると随分自由になります♡

 

見えないまんまで進むよりも、ずっと実は

進みます♡

 

私もこういったことを繰り返しながら

痛い目や後悔を沢山身をもって体験しながら(笑)

常に学んでいます・・・

 

*全ては師匠の溝口あゆかさんからの

インテグレイテッド心理学より抜粋です

 

【お知らせ】

「家族会」@ハートレジリエンス協会

2018/11/28(水曜日)13時~15時
不登校・ひきこもり・鬱・依存症・そのほか心の病
精神疾患をお持ちのご家族がいらっしゃる方へ・・・
私もファシリテーターで参加しています。
毎月第4水曜日に定期的に続けております。
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