ハートの声とは

18
12月
2018

おはようございます♪

今朝はどのような朝をお迎えでしょうか?

 

良く色々な本や、ネットでの記事や

誰かのブログなどでも書かれてるハートの声ですが

 

ハートの声で生きていきたいけれど良くつかめない・・・

これが本当のハートの声かどうか分からない・・・

ハートの声だと思って選んだら、結構困難だ・・・

ハートの声に従っているつもりだけれど一向に人生が好転しない・・・

などなど・・・

 

実は私自身の経験からも「ハートの声」と

「思考の声」は非常に見分けが難しく

一見「ハートのしたい♡」のようでも実は

下で支えていたのが「思考の〇〇べき」だったり

➤これを「たい」のふりをした「べき」と呼びます

 

そもそも、ハートの声は大人になればなるほど

純粋に感じることが難しいなぁと思うのです。

 

では「思考の声」ってなんでしょう・・・

 

一見、「私はこれをするときにハートが開いた感じがある」

「これをしている時にはワクワクする」など

こんな基準って結構私の経験では多かったのですが

 

勿論そのエネルギーも確かにあるものの・・・

その下に隠れていた声が

「それをしたらこうなって・・・ああなって・・・」

「これを見つけた自分、持っている自分は

△△だ・・・」とか

「ハートの声に従って生きれば良いことが起こる」

などなど・・・

 

何か意味付けがそのあとにくっついていることが

多かったような気がします。

 

またはハートの声に従っていない自分はダメだとか・・

人生を楽しんでいないとか・・・

 

何か理由があっての「ハートの声」だった気がします。

 

現代人は私を含め思考の上に立とうとするのは当たり前。

なので思考優位の思考が守ってくれる「ハートの声」が

選ばれることが多いのも頷きます。

 

一番ナチュラルなハートの声を選んでいる時は

例えば砂場で無心に遊んでいる子供など・・・

この砂で〇〇を作ったら△△だ・・・とか

これが出来る自分は〇〇だからやらねば・・・とか

 

そんな意識は全くなくて

「今、自分が真に望んでいることを無心にしているだけ」

もしかしたら「損」に見える事もあり得ます。

 

ある意味生命の衝動にそのまま身を任せて

やりたいことをしているだけ。

 

その後にどうなることはあまり考えていない感じ。

それを続けるための困難は「困った、どうしよう」から

「大変だけど続けるにはどうしよう」のような

「べき」から「ナチュラルなしたい」へ感じるので

 

 

困難が困難ではなくなって

違う感覚でそれを感じているのではないでしょうか・・・

例えば続けるための楽しみとして見ているとか・・・

 

大人になるにつけ、ハートの声で動けなくなっている

私たち。

まずはどちらの声でもいいので何が起こっているかを

自分が知ってあげることが自己愛ですよね♡

大人代表より。

 

いつもありがとうございます♪

励みになります♡

 


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