固有名詞が消えた時に感じる共通の愛

15
4月
2019

おはようございます♪

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

今、空港にいます。

数日間ですが日本脱出します〜

 

今日もある方とお茶しながら感じたこと

改めて自分が体験したことなどこれを読んでくださっている

顔も知らないけれどきっと繋がっているあなたと

分かち合いたいと思います。

 

========

 

私たちが感動する時・・・

何かに共感する時・・・

「あぁ、それわかる」って涙が出る時・・・

相手の事情を受け入れて一緒に共鳴できている時・・・

 

そこには何が起こっているんだろうと考えたのです。

 

例えば・・・

最近のニュースでは父親に性被害を受けていた女性が

勇気を持って表に出たのに、裁判で父親が無罪判決になった件。

多くの方々が色々な反応をされていましたが

「女性側が可哀想、酷いよね・・」

「裁判官は大丈夫か」など

 

自分自身とは直接には関係無いのに

どうしてこうやって共感の輪が広がるのでしょう・・・

それは自分の中にも「固有名詞を超えた何かがあるから」ではないでしょうか・・・

 

例えば赤ちゃんが屈託無く笑っています。

この赤ちゃんは◯◯さん夫婦の赤ちゃんですが

先日、母親が急死し、男手ひとつで育っていました。

 

事情を全く知らないAさんも

夫婦のことをよくしっているBさんも

たまたま通りかかった近所の人も

屈託のない笑顔を通じ色々な思いはあるけれど

 

小さな命、輝く生命に対しての共通の思いはありますよね。

元気にね、いい子ね、いっぱい笑ってね、幸せをみんなに与えているよ・・・

何でしょうか・・・

 

小さな生まれたばかりの純粋な瞳や

誰にも笑いかける赤ちゃんの笑顔・・・

守ってあげたい気持ち、幸せをもらった気持ち・・・

みんなが持っていて、みんなが知っている感覚・・

 

目の前の固有名詞が消えて

自分が心が動いていることって結構ありますよね・・・

 

「あぁ、それ知ってる」

「あぁそれ、私も欲しいものだ」

「素敵だよね・・・」

 

逆もあり「それは受け入れられないよね」

「無理だよ・・」

「絶対に感じたくない・・耐えられない」

 

そこには表現こそ千差万別のユニークさがありますが

底に流れているのは常に愛なんだなぁと感じます。

 

温かい愛、気持ちの良い愛、美しく輝く愛

怒りの愛、憎しみの愛、怖さからくる愛・・・

孤独になりたくない愛、虚しさからくる愛・・・

 

全部がすでに良く知っているエネルギーです。

→この感情エネルギー、知らないというものはあるでしょうか?

 

この世はやはり全て愛というエネルギーであり

愛に始まり、愛に終わる・・・(というか終わりがないし始まりもない)

人間ってなんて純粋で、健気で、愛しい存在なんだろう・・・

 

そんな呟きでした・・笑

 

いつも応援ありがとうございますm(_ _)m

励みになります♡

 


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