正義という名の攻撃

13
2月
2019

おはようございます♪

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日はこのネットニュースが目に入り

ここから感じたことなど皆様と分かち合いたいと思います。

 

https://news.nicovideo.jp/watch/nw4812423

 

たむらけんじさんが訪れたラーメン屋さん店主が

「マイク、カメラなかったらおもろ無い奴でした」とツイートしたところ

ネットが炎上、店には苦情電話が殺到する事態になったというもの。

 

ここであぁ、本当にそうだなぁと感じたのは

そのあとのピアニストの清塚信也さんのコメント。

 

当事者のたむらけんじさんが「もう、やめましょう」と

呼びかけた後も批判が続いていることについて、

「彼らは個人的な恣意的なことで正義感をもってやってるのだろうが、

ほとんど正義感というよりも彼らの快楽」だと・・・

 

=======

 

これって日常の中でも小さなことから大きなことまで

私たちを取り巻く社会の中で起こっていますよね。

 

恣意的(しいてき)

 

例えば今回のようにお互いの経緯も含まれているのですが

(店主とネット上や無言電話などで攻撃する側双方)

「これってするべきじゃない」と自分の中で禁じていたり

それをしないように気を付けて生きている人にとっては

その「掟」を破る人を見ると

「いけない事している」「悪い人」から

懲らしめてやるとか罰を与えてやるとか

 

そんな風に気持ちが転化していってしまい

自分の攻撃が正当化してしまう事ってあります。

 

でもよく見つめてみると・・・

攻撃しながら自分の中の溜めていた怒りを

(本当は我慢したくなかった状況もあったし

本当は凄く悲しくて傷ついていたけれど自分の気持ちに

無意識に蓋をしていた場合など)

同時に相手にぶつけてしまっていることありますよね。

 

自分の中の傷はケアしていない限りは存在しますから

どうしても反応するのは当たり前。

➤全員のココロの中に形は違えど存在していますので

攻撃する側が悪いとかそういう話ではないのです。

何故こういったことが起きるのか‥の観点です。

 

 

例えは自分のパートナーが浮気をしていたとして

自分は一人では不安だから目をつむり

一緒に居る生活を選ばざるをえなくて・・・

実は毎日悲しみや怒りや不信感や絶望感、無力感を感じています。

 

芸能ニュースでおしどり夫婦の仮面が暴露みたいなニュースで

人気のあった芸能人が追放されたり、離婚話が進んでいるとか

仕事をキャンセルされたりするのをみると

「あなたは悪いことしたんだからもっと追い込まれて当たり前」とか

「もっと苦しめ」とか

自分のココロの傷が反映して自分の反応が出てきます。

 

特に匿名でいくらでも恣意的(しいてき)に出来てしまう環境では

自分のココロの抑圧していたものは出やすいですから

ある意味この状況は世の中が「抑圧だらけ」なのだと

感じます・・・

 

私たち、小さい頃から

「これをしたら嫌われる」とか

「これを言ったら受け入れて貰えない」とか

「みんなと仲良く、他者優先がいいこと」とか

 

そうやって育てられてきましたし

親も、その親も同じですよね・・・

 

自分の思った通りに生きれば良いとは顕在意識では思うけれど

それをしてしまったら・・・こうなってしまうよね、という怖さで

ありのままが難しいのです。

 

自分の中の「恐れのストーリー」を探すことは

実はとても大切です。

これを感じたくないから私たちそもそも「抑圧」していますから。

 

抑圧を減らせば減らしただけ自由でラクになります。

自分にも優しく、当然他者にも本当の意味で自動的

優しい自分になっています。

 

この辺りもまた皆さんとシェアで来たらと感じています。

 

いつも応援ありがとうございます<m(__)m>

励みになります♡

 


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