目に見えない縛りに気が付いた時・・・

06
10月
2017

おはようございます♪

 

最近、自分の中の気が付いているようで

本当に腑に落ちていないこと、または

頭の理解で「乗り越えた、分かったことにしている」ものに対して

ずっとワークをしつつ・・・

 

クライアントさんとのセッション通じ「溶けていく」「ほどける」瞬間に

出会う度にOADに携わっていて良かった・・・と感じています。

 

原初のこの手法との出会いは「自分を赦すため」でした。

 

赦すなんて発想も全くなくて思考レベルでは「ラクになるため」でしたが

深いところでの自分への寄り添い、赦しに触れる事が

一番の癒しだなぁと感じます・・・

 

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今日もセッションの感想文をご了承の形でシェアしますね。

決して簡単に直ぐにラクになったことをお伝えしたいのではなく

このクライアントさんも長い間の試行錯誤の中で

やっと触れて・・・

やっと緩んで・・・そしてきっとまた何かあるとは思いますが

この「緩む瞬間」「自分を赦した瞬間」の積み重ねこそが

自分へのギフトだなぁと傍でホールドしていて感じることです。

 

 

 

長いのですが切る所が難しくそのまま載せたいので

お時間のある時にどうぞ♡

 

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【テーマ】

セラピストになりたいのに怖い、自己ワークもできない

動けない感覚

 

【セッションで見えてきたもの】

 

セラピストになりたいのに、怖くて動けない状態。

なぜセラピストになりたいのかと問いかけていくと、人を幸せにするということで、

『自分がここに存在していていいのだ』という感覚を得たいというニーズが埋まるから。

同時にものすごくたくさんの責任を果たし続けなければ、クライアントさんが来てくれない、

職業としてなりたたない、という思いが見えてきた。

あまりしっかり意識していなかったのだけど、「職業として」セラピストになりたくて、

これで食べて生きたいと強く思っているということに気付いた。

この思いが強すぎるために、プロのセラピストとして果たすべき責任や

理想のセラピスト像というのが、私の中にがっつり入っていた。

 

書き出してみると、発言に責任を持つ。嘘をつかない。ごまかさない。適当に済まさない。

持てる最大限の力を常に全力で出す。常に真剣。

人に批判(ちょっとの指摘なども含む)されるようなことは決してしない。

漏れがあってはならない。クライアントに寄り添い続ける、

ホッとする人、また来たいと思える人、信頼される人、

クライアントさんをどーんと受け止められる人、自己ワークを怠らない人、

自身もセッションを受け続け、常に向上しようと努力する人、

きちんと投影を理解している人(常に自分の投影に気づくことができる人)、

境界線が引ける人、これが、私がセラピストとして果たすべき責任だと思っていて

更に、上記のような責任を果たし続けることが出来る人。

 

書き出し終わって、恐ろしくなった。

こんなことを無意識に自分に要求していて、この要求に応えられない自分を責めて苦しくなっていた。

こんなことを自分に課しているセラピスト、すごく苦しそう。

本当にいたら逆に怖くて近づけない。

 

きっと出してるエネルギーは、自身が理想としているものとは程遠いものになっているだろう。

こんな風に思っていたら、動けないよなーと納得した。

セラピストにこころからなりたいと思っているのに、

自分は責任が取り切れない人だから、セラピストとして全然OKじゃない人。

なので、クライアントを幸せにして、自分が存在していいというニーズは満たせない人。

セラピストになりたいのに、ニーズを満たしたいからなりたいのに、

自分には満たせないと思っているから苦しい。

 

*ここあたりまでは問いかけという手法で客観的に自分の内側を

紐解いていきます。OADのやり方で進めていきます。

 

【セラピー後の気づき、変容】

 

これほど責任にこだわるのは、クライアントさんが常に来るようなセラピストになって

この仕事で食べて生きたいという思いが強いのと、

『絶対に(クライアントから)責められたくない』という思いがあることに気付いた。

私は責められる人、というセルフイメージがあるんだ。

 

あと、上記にも書いたけれど、私はプロとして、お金をいただいて、

セラピストで食べて生きたいという思いが強いんだなーとセッションの中で意識することが出来た。

 

『私は責任を取り切れない人』というセルフイメージに対する解釈がとても厳しくて

そこがとても辛かったけど、『責任を取り切れない私だからこそ、絶対に努力して責任を取ろうとするし、

すごくつらいかもしれないけど、かなりメリットがある。

このセルフイメージを変える必要はなくて、もうちょっと優しい目が向けられればいいだけ』と思えたのがとても大きかった。

これが私の良さだって。

このセルフイメージがあるから私はセラピストになれない!憎い!!みたいな感じだったから、

この部分の固く緊張したエネルギーがほわんと柔らかくなった。

 

【セッション後の気づき】

 

ずっと気になっていたテーマでしたが、向き合いたくなくて。。。

やっとセッションに持ってくることが出来ました。

 

私の中で、人生のすべてと言っていいほどの場面で責任を取ることというのは第一優先くらいに大切で大きなものでした。

だから、無責任に見える人には腹が立ちました。責任をきっちり取っている人が好き。

 

自分のことは自分でやる、というのも私の中では、生きていくうえで責任を取るということなので、

助けを求めるのがなかなか出来ない、という風になるんだなと気づきました。

 

 

よく私は『自由じゃない!!』と心で不満を言っているけど、責任を取ることを第一優先にしているからなんですね。

そして、それを他者にも要求しちゃう、特に家族に。

 

そういえば、昔、植木等が無責任な男の歌を歌っていたなぁと、Youtubeで検索していろいろ聴いてみました。

『そのうちなんとかなるだろぉおー♪』とか、『コツコツやるやつはご苦労さん!』みたいな歌で、

『あぁぁぁーーー』と、体から緊張が抜けていくのがわかりました。

私と全然違う(笑)こんな人になりたいわけじゃないけれど、

本当に『私の中の世界なんだ』という思いが沸き上がっていました。

ますみさん、いつもありがとうございます!!

 

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本当に私たちは「私の中の世界」で本気で真剣に苦しんでいて

絶叫して七転八倒して・・・・

 

でもいつもそばにあるのは「赦し」「気づきの意識」

傍にあるのではなくそれそのものの中で起こっている・・・

 

ここに触れるといつも泣かずにはいられません♪笑

 

セルフイメージを変えるのではなく、ビリーフを変えるのではなく

何故苦しんでいたのかを大きな視点で寄り添えた時・・・

結果的にイメージや投影も変化しますが

一番はそんな自分の姿が愛しさでいっぱいになるとき・・・

 

自分が自分を赦す瞬間です♪

 

でも本当は赦しが起きようが起きまいがそれ自体が

完璧なる赦しの中で輝いて動いている・・・

ここに触れたくて自分もOADから離れられません♪笑

 

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