苦しい投影(解釈)、苦しくない投影(解釈)

22
4月
2016

おはようございます♪

今日も東京はいいお天気です・・・♪

 

プライベートでは師匠溝口あゆかさんの勉強会に行ったり、身近な方の

急逝があったり身体と心が忙しい最近でした・・・

 

==============

 

私たちは常に常に投影の中で生きています。

「自分の体験そのものが事実ではない」のです。

 

………。

 

この意味凄くないですか?

私たちは「自分の体験が事実だ」って思って生きていますよね。

 

投影とは自分の解釈、思考、イメージ・・・

ネガティブな投影もポジティブな投影も・・・

 

全ての「経験」に解釈が走っていてその瞬間に自分の思いが走って

いるんです・・・

体験全てに・・・・

 

「すべての自分の丸ごと体験そのものが投影なんです」

そして、何一つ正しくないんです・・・・

 

注)この時、私を含め「これがまぎれもない事実」だと通常思い込んでいるのです・・・

丸ごと正しいって思っているんです・・・ぎゃーー(@_@;)

 

 

当り前なのですがあまりにもこの仕組みをすり抜けて

「私の爆走ストーリー」に(私を含めて)苦しみます。

 

事実に対して投影の(解釈の)違いで

こんなにも湧き上がる思い、感情が違うのです…

 

例えば・・・

ある女性は夫に「明日の葬儀には我が〇〇家との長い付き合いがあるので

きちんとした振る舞いをするように」と言われたそうです。

彼女はとても古い喪服しかなかったので、

新しい喪服を買いに行き、もちろん故人を忍びご挨拶もして帰宅しました。

 

*因みにこれも投影(解釈)ですが…

 

彼女の投影⇒「なんて彼は私を信用していないんだろう・・・。私がお通夜で変な

振る舞いなんてするわけがないじゃない。私は信用されていない。彼はいつも私をバカにする。

きっと新しい喪服を買ったことも無駄遣いしやがってと思っているに違いないわ・・・。

顔を見るだけで腹が立つし、なにか言われそうで怖い・・・」

 

夫の投影⇒「妻は大切な〇〇家の顔なんだ。彼女は我が家にとって大切な存在なんだ。喪服も新しいものを着てくれて良かった。近所での顔も立つ」

 

どちらが正しい、間違っている話というのではなく

二つの会話は数秒の間に各人の心の中に沸いた『私のストーリー』なのです。

 

自分にとって苦しい投影と苦しくない投影があるという事なんです。

 

ものすごくざっくりなのですが事実は

「〇〇家が夫婦で葬儀に行った。新しい喪服を妻が買った」

 

ここから各人の爆走私のストーリーが始まり

その「イメージ」でここまで違う解釈が走り、

奥さまは苦しい気持ちを抱えてモヤモヤしていました。

 

インテグレイテッド心理学基礎講座にも出てくる

『抑圧投影』『攻撃防衛』って同時にもれなく起こっています♪

 

本当につくづく、私の作られ方(反応の仕方の仕組み)って

奥深いですね〜〜( ´艸`)❤︎

 

*セッションでは『私の暴走ストーリー』の仕組みを見つけていきます♪

 

そしてそこにある感情、思いを見つけて緩めていきます。

すると、その事実に対しても、これから起こるであろう

似たような事象に対しても自分の投影が(解釈)変わり

苦しみが変化します♪

 

 

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