頭の声=「思考」をそんなに頼りにして大丈夫?

05
9月
2019

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

朝が涼しいと身体がラクだなぁと感じます。

心の調子はいかがでしょうか?

 

さて、今日はみなさんと分かち合いたいのは

「現れては消えていくもの」=「思考」なのですが

この思考にいかに普段、囚われて

力を与えて、ここに巻き込まれて苦しんでいるか・・・

 

そんな入り口から

腰を据えて「思考の実態」を観察してみませんか?

「自我的にはつまらない」のですが

非常にラクになれるキモのお話です。

 

 

=======

 

この現れて、消えていって(または次から次へと流れている)

そして断定的なコメントや、最もらしい正しさや

説得力のある未来のストーリー(あぁなってこうなって・・・)を

作り出している「思考」ですが

 

この現れて、消えていく、または

次から次へと流れていくものが

本当に「全てを把握する」こと自体が可能でしょうか・・・?

 

 

でも思考なしでは立てないような

思考なしでは「自分」を表現できないし

それ無しではいられないのですが(使っていい)

 

本当はこの「全てを把握できない」ものが

いかに頼りなくて実体がないか・・・

本当は一つ、一つは現れては変化する

「文字」「ストーリー」にしか過ぎないのに

→しかし、リアルに体で感じるここに感情がくっついているので

力を与えているか・・・

 

そしてここを基準に「理解したつもり」になっているか・・・

 

改めて検証してみると

(ここは話をそのまま信じるのではなく

本当にそうかどうかを体験して見ないと

思考が増えるだけになってしまいますよね)

 

この思考中心で生きてしまうと本当の意味で

人生を安心して過ごせない・・と

感じませんか?

 

思考が「全部把握して分かりたい」のですが

結局この全部を把握できない流れたり消えたりするものは

それが出来ない・・

 

となると・・

究極に安心できるとしたら・・・

 

「全然把握できないし、分からない」ことの中で

存在していくこと・・・

→間髪入れず思考が「これこそ危険だよ」と

囁きませんか?笑

 

本当はこの強さ、この安心感は

崩れようがないのですが

 

自我はこれがとても怖いし、不安なので

激しく抵抗します。が・・・

その抵抗も自由にさせてあげましょう・・・

抑えようとしたり、大丈夫なふりをしたり

乗り越えた自分も作らずに・・・

 

思考を眺めるワークはやり方はいくつもあると思いますが

本当にオススメ。

 

例えば

頭の中に浮かんでくる思考を雲を眺めるように

あ〜、こんな雲がきたな・・

あれ、少し形が変わった・・細長くなったな

今度はハート形の雲があっちからきたな・・

あれ、さっきの雲は消えている・・

 

雲に感情や思いを乗せすぎると

こんな風に見れないはず。

→ハートの雲が細長くなって寂しいなどなど・・

寂しさへ引っ張られてしまう

 

思考を眺めるとは「ただ観察する」感じ。

 

リアルな意味づけなく「思考」自体を

雲のように眺め続けると・・・

同じぐらいの感覚感情を何時間持続できるだろう・・

例えば「私は嫌われている」という感覚感情の強さを

同じぐらいどのぐらい持ち続けられるでしょう・・

 

こんな遊び感覚の実験も体験してみると

面白いですよね。

 

いつも応援ありがとうございますm(_ _)m

励みになります♡

 


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