セッション例と感想

13
9月
2019

「苦しみが愛の深さ、量」になっている時

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日は本当に人の心は複雑で

思考レベルでは仕組みの構造は見えてこない・・

そんな実感から皆さんとシェアしていきたいと思います。

 

=======

 

ある女性は2人の男性との恋愛で苦しすぎて

どうしたらいいか、そしてまずはこの苦しみを

取り除きたくて悩んでいました。

 

一人は結婚を意識して具体的な日取りまで話が出ている

とても誠実な彼。

この人と結婚したら絶対にいい家庭を築けそう・・

そんな人です。

 

でも、もう一人は既婚者。

この人といると、自分一人では体験できないような

仕事上も刺激をもらえたり

人生が豊かでいつもワクワクして・・・

この人と別れるということがどうしても視野にない・・

こんな状況です。

 

そして毎日が身悶えの苦しみで

奥さんに嫉妬したり、既婚者の彼の行動一つ一つで

一喜一憂して振り回されている状態です。

 

普通に考えると結婚を意識している

なんの障害もなく安心な彼と生きて行った方が

良さそうですが、彼女は既婚者の彼とも上手く行くには

どうしたらいい?とここで止まります。

→これを良いとか悪いとかはここではジャッジは無しです

 

=======

 

継続中、セラピーをすると眠くなったり

思考停止で頭が真っ白でフリーズしたり

苦しみの仕組みが見えてここだったね・・となると

急に何も感じられなくなったり・・・

 

ご本人もどうして苦しみから楽になりたいから

セッションを受けているのに・・と

謎でしたが

 

10回目の時に初めて見えてきたのは

「苦しむ姿、嫉妬する姿、激しい苦悩」が

相手への愛情の量、相手への想いの量として

自分の中での確かめになっていました。

→ご本人が驚愕。でもしっくり過ぎると!

 

既婚者の彼が自分ほど、この恋愛に苦しんでいないように見えて

楽しく人生を生きているように見えて

「私と同じぐらい苦しめ!」

「バチが当たればいいのに!」と表面では怒りでしたが

心の中で起こっていたことは

 

「私と同じぐらい苦しんで」=「私と同じぐらい想いを持って」でした。

彼が苦しんでいない=私への想いがないこととなっていました。

 

なので・・・

セッションで彼女の苦しみが無くなりそうになると

(苦しみを解体して対話して緩めたり理解して受容すること)

止まってしまうのは

私の中の苦しみを取らないで=私の中の彼への想いを取らないで

 

この公式が動いていたのでした。

 

これでは結婚の約束の彼とは話がもう一つ具体的に進まないのは

納得ですよね。

しかもこの彼女一筋の彼は、彼女に対して

嫉妬心や疑いや甘えるような態度は見せずに

「君が好きだよ」「信じている」「君の気持ちを優先するよ」

こう言った愛情の姿なので

(恐らく彼の心の公式は

「相手を全部受け入れること」=「どれだけ相手を想っているかの量」)

彼女が感じる愛の形とは全く違います。

 

そしてこう言った彼には彼女自身が

愛で苦しまないので(安心しか与えてくれないから)

気持ちが今ひとつだったのです・・。

 

こんな複雑な訳が実はずっとあったんだ・・・

なぜこの形が出来上がったのか・・

 

ここからが本格的なもう一歩踏み込んだセラピーや

対話ができる準備が整った感じでした。

 

人の心に関してはセラピスト側は

自分の「アドバイス」「専門知識で判断する」ことでは

全部を把握できないし

完璧な辻褄を本人の声とともに一緒に探すことでしか

こう言った仕組みは見つけることは

不可能なのです。

 

なんせ、全くご自身も気づいていない領域なので・・

 

でもこんな人の心の仕組みをチームで見つけていく

この作業が世界中で私は一番好きです。

 

そしてセラピーではどんなドラマよりも感動的な

傷ついた自分との対話がある・・・

 

私は「人間」が大好きなんだなぁとしみじみ感じます。

 

いつも応援ありがとうございますm(_ _)m

励みになります♡

 


心理カウンセラーランキング

Read More
02
8月
2019

「ママ〜!」と呼ばれる声にドキドキする訳

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日は「実は気になっている」誰かのセリフ、

フレーズまたは仕草や表情など・・

実際にはそれで何も悪いことも頼まれごともないのに

聞いた途端、身構えたり

なんかこの先に負担なことが待っているような・・・

そんな経験はありませんか?

 

 

=======

 

あるお母さんは子供が「ママ〜」と呼ぶたびに

なんか気が重く

つい「なにっ?」「今すぐ聞かなきゃダメ?」

すごく警戒している自分に気づきました。

 

大抵はその後に続く言葉は今日の出来事のシェアや

たわいも無い自分が感じていることのおしゃべり・・

それなのに子供から「ママ〜」と呼ばれると

どうしてザワザワするのだろう・・・

 

そんなお話でした。

 

で、その時の身体の感覚から

フォーカシングとセラピーで感じてもらうと

過去の小学生の自分が・・・

 

そうです、彼女はその頃にずっとフラストレーションが溜まり

母親にならば「思いっきり当たっても大丈夫」と

用もないのに

「お母さん〜!お母さん〜!」

この言葉に色々な不満を乗せて

お母さんを呼んでいました。

 

自分のイライラのはけ口として唯一許されたのが

母親だけ。

 

実はこの母親に対しての大きな不満もあったのですが

それが家の事情でどうにもならないことがあり

学校でも、家に帰ってからも落ち着ける場所がなく

ずっと行き場のない寂しいようなイライラしているような

このエネルギーを抱えていました。

 

実はこの後に大きな展開があり

お母さんの癒しも含めて

(母も家の問題を娘に流していることに

申し訳なさを感じていたのですが

母自身がどうにも出来なかった)

 

自分が実は一人でその悩みを抱えていたのではなく

お母さん自身も同じ悩みを共有する同志、

仲間だったことが見え

つながりを取り戻すことができたのですが

 

こうして全く関係のない数十年後の我が子の

「ママ〜」との呼びかけが

まさかここに繋がっていたとは驚きですね。

 

全然見えていなかった過去の私と

そこにあった未消化の感情や想いと対話すると

不思議ですが

我が子の「ママ〜!」は

そのまんまの「ただの呼びかけ」でしかなく

あんなに1年以上も身構えていたのが

嘘のように変化しました。

 

 

これは予想したり、アドバイスなどでは

全く見つからないことですよね。

 

一人一人の中の自分でさえ気づいていないものから

こんなことが隠されていた・・・

自分への深い理解と寄り添いは何にも勝る最強のケア。

ご本人が「不思議だけれど・・

奥深すぎるけれど・・

しっくり理由が繋がっていて

あぁ、こう言うことだった」と納得。

 

当然、自分の娘さんとも、母親との関係も

軽くなっています。

繋がっている感覚。

 

 

 

今日も同じ繋がっている空の下

それぞれの場所でファイティン♡

 


心理カウンセラーランキング

 

Read More
23
6月
2019

頼まれていないのに「世話をしてしまう」あなたへ・・

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日は自分でも「お節介焼き」とか

「お人好し」とか思うのに・・

困っている人やを見たり、気づいてしまったら

身体が動いて行動してしまう・・・

 

そして、毎回思うのは「やっぱり関わらなければよかった」

そんな思いで自分バッシング・・・

 

やっぱり、私って何をやっても伝わらない

だめだなー・・・

お人好しのバカだ・・・

 

でもこのパターンは常にある感じ・・

そんなあなたの心の中にはどういった仕組みがあるのでしょう

 

 

=======

 

ある女性は、家族の何か問題があると

頼まれていないときでも自分がどうしても気になってしまい

お金を出してあげたり、一緒に病院に付き添ったり

旅行の計画を立ててイベントを計画したり

悩みの相談にも乗る・・

 

でも、家族は自分が思っているようには感謝してないから

当たり前にもなりつつあるから

「もうやらないぞ!」と誓うのに

 

しゅんとしている姿を見るとどうしても

やってしまう・・

そんな状態でした。

 

「報われなさ」や「伝わらない悲しみ」や「寂しさ」・・・

いつもそんな感覚でいたのですが

どうしてこの行動が出てくるのかを見つめてみると・・

→セラピー併用です

 

イメージの中でスーパーの床に捨てられたレシートが見えます。

このレシートは「このまま捨てないで」

すごくそういっている気がするんです・・と。

 

もう一度、もう一役誰かの役に立ってから

捨てられたら幸せ・・・

例えばメモ用紙として裏を使ってもらうとか

小銭を包む役割を果たすとか

なんでもいいけれど、このままでは嫌だ。

 

すでにレシートとしての役割は立派に果たしているのに・・です。

 

彼女はすでに立派にお仕事を果たし、

長女としても十分に役割を果たし

社会的にも、「きちんと」しているように見えるのですが

心の中は「これじゃなんか足りない」

「もう一役立ちたい」気持ちが一杯だったのです。

 

だから、様々な習い事をして起業したかったし

家族の色々な悩みももっと応えたかったし

会社でも更に役にっ立ちたいと努力していました。

 

あまりにも自分の心の中がぴったりだったので

本当に驚かれていましたが

こういった自分特有の仕組みが見えることで

 

「十分によくやっていて、そのままでも本当はいいんだよ。

でもやりたい気持ちもすごく理解できる。。」

 

ダメな私100%から

自分のセルフイメージが変化し、

何よりも温かい眼差しで自分を見れていたことに

緩みが起こっていました。

 

自分へのまなざしが厳しい時には苦しいし

理解ある温かさであれば

そこにある現実は辛く、何も変わっていなくとも

全然感じ方、捉え方が違ってきます。

 

 

「現実をどうやったら変えられるか」から→

「自分をどうしたら理解し、受容できるか」へ・・・

 

どちらも「経験して実感して」みてくださいね。

 

いつも応援ありがとうございますm(_ _)m

励みになります♡

 


心理カウンセラーランキング

Read More
08
10月
2018

え?みんなそうでしょう?

おはようございます♪

 

3連休最終日・・・

どんな朝をお迎えでしょうか?

今朝は4時台に目が覚めて朝から元気に

動いています~

 

ここ数日はいつもよりも人数を減らして

セッションをしているので余裕があり

色々なことが出来る時間も増えて

→久しぶりにウン十年来の友人とディナーへ‥♪

 

たまにはこんな過ごし方も大切だなぁと思います。

とは言え、本当にありがたいことに来春ぐらいまでは

決まった方々のセッションで埋まりそうです・・

 

単発の体験セッションは出来る限りお受けしています♪

新しい10回の継続の方はご相談させてくださいね。

既にお約束している方はそのままで大丈夫です。

 

======

 

さて、日々のセッション通じ・・・

勿論自分自身にも当てはまることですが

「え?それって普通、そうですよね??」

「え?みんなそうなんじゃないですか?!」

「当たり前ですが・・・お恥ずかしい話・・・」

とか

自分の頭の中に流れる思い、思考のぐるぐるは自分にとっては

絶対「その通り」という立ち位置で流れています。

 

 

例えば、ある方は夫の機嫌を損ねたら一日中家が

暗くなって、家族中がピリピリするし

彼がご機嫌であれば仕事も上手く行って私たちも

平和に暮らせる・・・

 

だから私はどんなに実はザワザワしていても玄関で深呼吸して

作り笑いでもいいから明るい妻を演じているんです。

でも、「お帰り~♪お風呂にする?食事は?」と聞いても

低い聞き取れない声で

「ん~~・・・今はそこに置いておいて」

 

怒鳴り散らしたくて本当は仕方がないけれど

彼のテンションに引きこまれて行ったら

私の人生が楽しくなくなっちゃうから

怒りを出したらダメなんです・・・

 

 

こんな入り口から見つめていきました。

 

確かに「怒ること」「怒りをぶちまけたい」

「私のせい??なんか悪いことした??」

大声で言いたいのはその通り。

 

でも何故出せないの?と潜在意識の普段は感じることが出来ない

声を拾っていくと・・・

 

「怒りを出したら彼がつぶれてしまう、家が崩れてしまう」

「この人とは話し合いは不可能な人」

「出口が見えなくて苦しい・・・」

 

そんな声が・・・

 

で、彼女はあらゆるところにSOSを出して

相談や助けや様々なセッションを受けてどうにか解決を

探っていました。

 

が、本当にやりつくしてもどうにも収まりがつかなかったのです。

 

「どうにもできなかったこと」をやりつくしたね・・と

自分に優しい言葉をかけてもうっすら残る自己否定感を感じています・・・

 

 

ここでセラピーの本領発揮です。

 

「やり切った感」を100%認めたらどうなると感じたの?

ここは物凄く丁寧にセラピーしながら聞いていくと出てきたのは

【しっかりつかみ切れていない、どこかが崩れている感じ

収まり切れていない感覚、消化しきれていない感じ

分かり切っていない感覚、通じ合えない感じ、

信頼しきれていない、理解できていない感覚・・・】

これは存在したらダメ。

 

こういった「あるとあらゆるちゃんと出来ていない感じ」は

とにかく1ミリも感じたくないことが自分の中にあることを

全く気づかれていませんでした。

 

「え?それってみんなそうですよね?」

「普通そうでしょう?」

 

そうい感じる当たり前のものほど

見えないことはある意味当たりまえ。

誰だって嫌だし、嬉しくはないし、誇れないし

認めたくはないけれど・・・

 

どのぐらいそれを嫌がっているか、禁じているか

見たくないか、感じたくないかはその人それぞれの

抑圧の、抵抗の強さでもあります。

 

 

彼女の場合、本当に1ミリも耐えられないほど感じたくなかったので

直ぐに誰かに相談したりセッションしたり

ありとあらゆる方法で解決を求めるしかなかったのです。

 

「え~~~嘘~~?!」

確かに私、この思い持っています・・・。

 

→解釈=投影でもあるし、ビリーフともいえますし

ここからもセルフイメージも見つかります。

 

この思いがあったから彼の不機嫌さにもいちいち反応していたんだ・・・

彼が不機嫌=家庭がちゃんとしていない=妻として役目を果たしていない

だから作り笑いでどうにか「ちゃんと」収めたかったんだ・・・

 

そして彼女にとっての「人生の豊かさ」は

全てがちゃんと滞りなく出来ていること。

それが彼女の幸福、幸せでもあったので尚更でした・・・

 

 

「この思いをもって私はずっと頑張ってきた・・・」

そうやって眺めてみると・・・

一途な健気な自分が愛おしく優しく私が私を見ている・・・

 

人生の豊かさの本当の意味を見つけた感じがします・・・♡

彼女の言葉に豊かさを感じながら終わりました・・♪

 

私たちは誰もが目に見えない心が描く風景に反応しています。

 

自分にとって優しいココロの風景を増やしていけたらいいですよね。

私も自分もそうありたいと思っています♡

 

【お知らせ】

「家族会」ハートレジリエンス協会

2018/10/24(水曜日)13時~15時

不登校・ひきこもり・鬱・依存症・そのほか心の病

精神疾患をお持ちのご家族がいらっしゃる方へ・・・

私もファシリテーターで参加しています。

毎月第4水曜日に定期的に続けております。

詳細はこちらから・・・

 


心理カウンセラーランキング

Read More
06
10月
2018

嫌いになったらダメ・・があるとき

おはようございます♪

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

このブログを読んでくださっている皆さんは

どんな事を日々思って感じて過ごされているのでしょうか?

毎日のセッション通じて人の悩みの奥深さや

その方の人生の経験の歴史や、その時に取った行動や

様々な感情に触れるたびに・・・

 

何一つ同じものがないことを感じます。

 

そしてそれ一つ一つが尊重したい大切なものに

映っています・・・

 

 

======

 

あるクライアントさんは娘さんの夫、お婿さんのことで

ご相談にいらしていました。

彼は自分が所属していたあるグループの仲間で

娘にぴったりだと感じるほどの明るい

好青年だったのです。

 

案の定、娘はその方と婚姻し、子供にも恵まれて・・

一見順風満帆の様ですが実は苦しみもあったのです。

 

最初はかわいいと映っていたお婿さんの言動や行動が

とてもイライラするものとして感じていました。

 

例えば娘の出産時に孫を預かってあげて

その間お婿さんも彼女の家でご飯を食べたり、

できうる限りの彼の負担を彼女が担っていました。

 

気が付く限りの例えば次の日の朝ごはんの支度や

買い物も彼女が負担したり

病院への必要なものも彼女が負担したり・・・

 

でも彼から一言も「ありがとう」がないと彼女は怒っていました。

そればかりか、「妻である娘さんが不在中は自分が掃除も

しなきゃいけないから疲れる・・・」と・・・

 

「あなたの子供が生まれるのよ?」

「あなたがもっとしっかりしなきゃ」

「なんでもやって貰えることを当たり前と思うな」

「娘はこんな人が夫で今後大丈夫だろうか」

「父親として自覚がない・・」

「そういえばあのグループで彼を居候させてあげていた人が

最後には追い出したって言っていたなぁ」

 

娘に促されて初めて気づいて動く彼を見ていると

本当に誠意を感じられなく、こんな人が娘の夫なのかと思うと

不安と怒りと悲しみを感じてばかりで・・・とのことでした。

 

更に娘が彼をかばう度に怒りも増していました。

「あの人は本当は優しいの、見守ってあげて」

 

クライアントさんの心中は自分が娘に苦労を

掛けさせている・・・そんな心境にいつの間にか

なっていたようです・・・

 

→セッションではここもポイント。

自分がそう感じることで「悩み」が深まっています。

 

======

 

彼女の心の中では何が起こっていたのでしょうか?

 

彼女は何が何でも婿さんのことを私が立派に育てなきゃと

感じていました。

そうしないと娘は不幸になって苦労するんだ・・・

どうしよう・・・不安もいっぱいでした。

 

私が彼を好青年だと感じたことも責任があって

私のせいで娘が不幸になるのだから私がどうにかしなきゃと・・・

 

娘さんが全部不幸を背負っているように見えて見えて・・・

 

ずっと本当は彼の嫌なところを前から見つけること自体

とても悪い事をしているようで

自分の気持ちに嘘をついて娘が幸せになれば‥と

思っていたことにも気が付きました。

 

どうしてみて見ぬふりを続けていたのか・・・

それはそうしていれば娘が信じていたことが正しいと

感じられるし、孫たちのパパとしても悪いお父さんにならなくて済む・・・

 

私が怒ることで2人が苦しむ姿は感じたくない・・・

嫌いになってはいけない・・・・

→実は途中からセラピーを使っています

 

「自分の怒りを出さなければ平和で居られる・・・」

という姿は彼女なりの思いやりで愛情そのものでした。

 

自分が怒ることで娘と婿の関係が悪化してはいけないと

必死で抑えていた自分の姿は娘一家を愛する自分の姿でもありました。

 

*実はこの方の場合は「怒り」は関係を悪化させるという

「思いこみ=ビリーフ」を持っていました。

 

ここに気が付いて一気に緩みが起こり・・・

自分の健気さにも気づいて自分に労いの言葉をかけて・・・

 

不思議とお婿さんに対しての怒りはかなり減っていました。

そして自分が感じていることを彼に伝えても

娘の家庭が壊れるかもという怖さも減っていました。

 

*セラピーでここの恐れを緩めています

 

お婿さんのことも自分が実は娘のパートナーとして

しっかり認めて愛していたことにも

気づかれてとても関係性が変わったようです。

 

彼なりの「感謝の仕方」も感じるようになり

自分の見方が変化すると相手が同一人物なのに

何一つ相手は変化していなくても自分の受け取り方は

こんなに変わるのが不思議だ~と驚かれていました。

 

私たちは「それという事実」をどんな風に「解釈して感じるか」

様々な感覚感情と共に生きています。

 

自分に優しい解釈が増えれば増えるほど

世の中も優しく見えてくるのが不思議ですよね。

 

*心理学用語の「投影」を分かりやすく説明しているのが

いつもご紹介する「インテグレイテッド心理学基礎講座」です。

私もこの見方の変化を体感することで

かなりラクになってきました。

経験上の実感です♪

 


心理カウンセラーランキング

Read More
06
10月
2017

目に見えない縛りに気が付いた時・・・

おはようございます♪

 

最近、自分の中の気が付いているようで

本当に腑に落ちていないこと、または

頭の理解で「乗り越えた、分かったことにしている」ものに対して

ずっとワークをしつつ・・・

 

クライアントさんとのセッション通じ「溶けていく」「ほどける」瞬間に

出会う度にOADに携わっていて良かった・・・と感じています。

 

原初のこの手法との出会いは「自分を赦すため」でした。

 

赦すなんて発想も全くなくて思考レベルでは「ラクになるため」でしたが

深いところでの自分への寄り添い、赦しに触れる事が

一番の癒しだなぁと感じます・・・

 

======

 

今日もセッションの感想文をご了承の形でシェアしますね。

決して簡単に直ぐにラクになったことをお伝えしたいのではなく

このクライアントさんも長い間の試行錯誤の中で

やっと触れて・・・

やっと緩んで・・・そしてきっとまた何かあるとは思いますが

この「緩む瞬間」「自分を赦した瞬間」の積み重ねこそが

自分へのギフトだなぁと傍でホールドしていて感じることです。

 

 

 

長いのですが切る所が難しくそのまま載せたいので

お時間のある時にどうぞ♡

 

=======

 

【テーマ】

セラピストになりたいのに怖い、自己ワークもできない

動けない感覚

 

【セッションで見えてきたもの】

 

セラピストになりたいのに、怖くて動けない状態。

なぜセラピストになりたいのかと問いかけていくと、人を幸せにするということで、

『自分がここに存在していていいのだ』という感覚を得たいというニーズが埋まるから。

同時にものすごくたくさんの責任を果たし続けなければ、クライアントさんが来てくれない、

職業としてなりたたない、という思いが見えてきた。

あまりしっかり意識していなかったのだけど、「職業として」セラピストになりたくて、

これで食べて生きたいと強く思っているということに気付いた。

この思いが強すぎるために、プロのセラピストとして果たすべき責任や

理想のセラピスト像というのが、私の中にがっつり入っていた。

 

書き出してみると、発言に責任を持つ。嘘をつかない。ごまかさない。適当に済まさない。

持てる最大限の力を常に全力で出す。常に真剣。

人に批判(ちょっとの指摘なども含む)されるようなことは決してしない。

漏れがあってはならない。クライアントに寄り添い続ける、

ホッとする人、また来たいと思える人、信頼される人、

クライアントさんをどーんと受け止められる人、自己ワークを怠らない人、

自身もセッションを受け続け、常に向上しようと努力する人、

きちんと投影を理解している人(常に自分の投影に気づくことができる人)、

境界線が引ける人、これが、私がセラピストとして果たすべき責任だと思っていて

更に、上記のような責任を果たし続けることが出来る人。

 

書き出し終わって、恐ろしくなった。

こんなことを無意識に自分に要求していて、この要求に応えられない自分を責めて苦しくなっていた。

こんなことを自分に課しているセラピスト、すごく苦しそう。

本当にいたら逆に怖くて近づけない。

 

きっと出してるエネルギーは、自身が理想としているものとは程遠いものになっているだろう。

こんな風に思っていたら、動けないよなーと納得した。

セラピストにこころからなりたいと思っているのに、

自分は責任が取り切れない人だから、セラピストとして全然OKじゃない人。

なので、クライアントを幸せにして、自分が存在していいというニーズは満たせない人。

セラピストになりたいのに、ニーズを満たしたいからなりたいのに、

自分には満たせないと思っているから苦しい。

 

*ここあたりまでは問いかけという手法で客観的に自分の内側を

紐解いていきます。OADのやり方で進めていきます。

 

【セラピー後の気づき、変容】

 

これほど責任にこだわるのは、クライアントさんが常に来るようなセラピストになって

この仕事で食べて生きたいという思いが強いのと、

『絶対に(クライアントから)責められたくない』という思いがあることに気付いた。

私は責められる人、というセルフイメージがあるんだ。

 

あと、上記にも書いたけれど、私はプロとして、お金をいただいて、

セラピストで食べて生きたいという思いが強いんだなーとセッションの中で意識することが出来た。

 

『私は責任を取り切れない人』というセルフイメージに対する解釈がとても厳しくて

そこがとても辛かったけど、『責任を取り切れない私だからこそ、絶対に努力して責任を取ろうとするし、

すごくつらいかもしれないけど、かなりメリットがある。

このセルフイメージを変える必要はなくて、もうちょっと優しい目が向けられればいいだけ』と思えたのがとても大きかった。

これが私の良さだって。

このセルフイメージがあるから私はセラピストになれない!憎い!!みたいな感じだったから、

この部分の固く緊張したエネルギーがほわんと柔らかくなった。

 

【セッション後の気づき】

 

ずっと気になっていたテーマでしたが、向き合いたくなくて。。。

やっとセッションに持ってくることが出来ました。

 

私の中で、人生のすべてと言っていいほどの場面で責任を取ることというのは第一優先くらいに大切で大きなものでした。

だから、無責任に見える人には腹が立ちました。責任をきっちり取っている人が好き。

 

自分のことは自分でやる、というのも私の中では、生きていくうえで責任を取るということなので、

助けを求めるのがなかなか出来ない、という風になるんだなと気づきました。

 

 

よく私は『自由じゃない!!』と心で不満を言っているけど、責任を取ることを第一優先にしているからなんですね。

そして、それを他者にも要求しちゃう、特に家族に。

 

そういえば、昔、植木等が無責任な男の歌を歌っていたなぁと、Youtubeで検索していろいろ聴いてみました。

『そのうちなんとかなるだろぉおー♪』とか、『コツコツやるやつはご苦労さん!』みたいな歌で、

『あぁぁぁーーー』と、体から緊張が抜けていくのがわかりました。

私と全然違う(笑)こんな人になりたいわけじゃないけれど、

本当に『私の中の世界なんだ』という思いが沸き上がっていました。

ますみさん、いつもありがとうございます!!

 

========

 

本当に私たちは「私の中の世界」で本気で真剣に苦しんでいて

絶叫して七転八倒して・・・・

 

でもいつもそばにあるのは「赦し」「気づきの意識」

傍にあるのではなくそれそのものの中で起こっている・・・

 

ここに触れるといつも泣かずにはいられません♪笑

 

セルフイメージを変えるのではなく、ビリーフを変えるのではなく

何故苦しんでいたのかを大きな視点で寄り添えた時・・・

結果的にイメージや投影も変化しますが

一番はそんな自分の姿が愛しさでいっぱいになるとき・・・

 

自分が自分を赦す瞬間です♪

 

でも本当は赦しが起きようが起きまいがそれ自体が

完璧なる赦しの中で輝いて動いている・・・

ここに触れたくて自分もOADから離れられません♪笑

 

Read More
12
9月
2017

母との離別の記憶

こんにちは♪

 

今日は久々にセッションのご感想を載せたいと思います。

*長いのでお時間のある時にどうぞ♡

 

最近継続を始めた方ですがずっと「部屋の片づけ」ができない

「断捨離ができない」「仕事がとにかくイヤ」

「何もしたくない」「最近は死にたい気持ちに飲まれる」

 

こんなざっくりテーマの始まりで

セッションはスタートしました。

 

やらなきゃいけないことが滞る・・・

詰まって嫌な感じが

朝起きると胸にドロドロに詰まっている・・・

 

これは強くなったり薄くなったりはあるものの

ずっと続いている感覚で

特にご自身の20代の離婚直後の時には酷く

黒光しているドロドロが身体全体にあって沢山の怒りと

悲しみの声を持っていました。

 

「理不尽な周りに対して分からないうちに

巻き込まれていて

気が付いたら大切なものを奪われた・・」

 

こんな怒りと悲しみをRFTで受容していくと

20歳の時に母に聞いた場面に襲われます。

 

A子さんは実は1歳の直前で実のお母さんと離れ離れに

なっています。

父方のおじいちゃんが突然家に来て

そこで母親と引き離されたのです。

 

「普段泣かない子が凄く泣いたのよ」

 

母親からこの話を聞いた20歳の私はその時は

「そうなんだ・・・」とそれ以上は感情はなかったのです。

*この時にはかなりの抑圧をしていました。

 

しかし、このセッションの時に出てきたのは

辛すぎる・・・

辛かったよね・・・

嗚咽とともにあふれてくる数十年ぶりの涙、涙・・・

 

 

充分に十分に受容した後、今度は母親の怒りを感じます。

 

母自身のびっくりしすぎて何もできないけれど

全身で感じていた「止めて!!」を

胸のぎゅ~っとした感覚とともに

受容していきました。

 

お母さんに対して「凄く辛かったよね・・・」

自然な寄り添いの言葉とともに

母も「やっと分かってくれる時が来た」と硬いエネルギーが

溶けあう時間でした。

 

母に初めて言えた

「私は大丈夫だから安心してね」の言葉が

二人を、そして1歳の時のA子ちゃんを包み込みます・・・

 

*セッション後のシェアでこれは母娘両方の

トラウマ体験だったのだと改めて気がついた感じでした。

 

=======

 

後日、振り返りのメールに書かれていたことをコピペします♪

このテーマは何度も実はトライしていたようですが

片付けができない、とにかく何もやる気が起きず

最近の夏の連休時には死にたい気持ちが高まっての

セッションのタイミングだったようです。

 

********

ますみさま、セッション後の変化について書かせていただきます。

〇〇コースに行く前から掃除や片付けが

以前のように出来なくなっていました。

いつできるようになるのか?とあまり気にせずにいたのですが、

あまりに期間が長いな。とは感じていました。

◯◯コースから帰っても相変わらずで、

さすがにこれは困ったと思っていたのですが。

この母との離別の悲しみについては

◯◯コースに参加するきっかけとなった思いと感情で、

コース中もモニターセッションでも何度か出て来たものでしたが、

その時々でそれなりにすっきりしていたのですが、

今回ますみさんのセッションを受けた後、

数年ぶりの大掛かりな断捨離が始まって、

片付けと掃除が出来、部屋が今までにないほどすっきりしたのです。

 

今までやっていた断捨離と比べ物にならないほど物が捨てられました。

もう少し削れそうに感じていますが、

今はこの状態で快適に過ごせるので、

これ以上は時期が来るまで待とうと思います。

 

セッションのすっきり感が外側にも顕著に現れているので

ご報告させていただきました。

ありがとうございました♪

引き続き、◯◯クラスとセッションよろしくお願いいたします!

 

********

今回は3回目のセッションで、

まさか最初のざっくりテーマから

親子のトラウマ体験が出てくることは全くわからず

とにかく呼吸が出来なくなるほどの涙でしたが

かなりのエネルギーが流れたようで

 

死にたい気持ちだけでもラクになって良かったねと言っていたら

あの何年も出来なかった部屋の片付け、断捨離が

出来て、ご自身でも驚いておられました。

 

引き続きどうぞ宜しくお願い致します♪

 

 

Read More
20
8月
2017

拭い去れない家族に対する責任感

おはようございます♪

今朝も曇り・・・

今年の夏は一体何なのでしょう・・・

勿論あの暑さがずっと続いたら身体もキツ過ぎますが

「夏」がこんな風になるのを色々な思いで感じています。

 

さて今日もセッションの感想例を載せますが

長文ですがセッションはその時だけでなく

帰り道や自宅に戻ってから・・・

じわじわと気づいていくものでもある・・・

 

そんな感想をご紹介します♪

長文ですのでお時間のある時にどうぞ~

 

短くするところが思いつかないほど全て、すべてに

このクライアントさんの思いがほとばしり・・・

全て載せてあります。

 

継続5回目、あと5回あるのでどこまで

寄り添えるかも私自身がとても楽しみなクライアントさんです。

 

 

匿名での掲載の許可を頂いております。

 

セッションでは師匠溝口あゆかさんのOADセッションを

使いながら進めていっております。

 

OADは私自身の命も救われたほど本当に

信頼と大好きを束ねた手法です。

 

*******

 

【今日のテーマ】

母との旅行の予定があり、旅行のことを考えるとしっかりしなくちゃという思いが湧いてくる。

旅行の日が近づくにつれ、楽しみが薄れて責任感が強くなってきている。

 

【問いかけなどで見つかった自分の心の構造、仕組み】

 

・いつも粗相してしまう自分で何事においても出来ない感が満載であり、

また、誰か(ここでは特に家族、母や叔母たち)に何か言われては

揺れっぱなしの自分なので、旅行にしろ何かをするにしろ、

常に、しっかりしなくちゃという思いが出てくる。

 

・責任は誰かが持たなければばいけないもので、

私が家族の分も持てば、役立たずのお荷物にならなくて済む。

しっかりする=粗相せずに出来ることであり、

それは責任でもあるので、しっかりしなくてはならない。

 

 

【セッションを受けてのご自身の気づき】

 

ますみさん、先日もありがとうございました。

潜在意識へ深く静かに潜っていく感覚を体験できたセッションでした。

苦しいわけじゃないけど気になっていた、「しっかりしなくちゃ」という思い。

 

今回テーマにした母との旅行に限らず、あらゆる場で出てくる思いでした。

 

私にとって「しっかりしている人」とは

・そつが無く何でもできて、粗相しない人

・誰が何と言おうと、これがいい、私はこうするのだと揺るがない人

(ここでの誰は、私にとっては父や母、叔母も含めた家族でした)

これは自分の中で当然であり普通のことになっていましたが、

言葉に出してみると、まぁ何と高いハードルを掲げているんだろうと思いました。

 

ここで、ますみさんが私の言葉を臨場感をもって表現した

「自分って粗相の塊みたい」 「私は歩く粗相です」 という言葉は、

この表現はもらっちゃおう!と思うくらい、自分の中にフィットする言葉でした。

 

そのしっかりしなくちゃという思いからポーンと出てきた自分のイメージは、

二宮金次郎のように何かを背負っている女の子でした。

カゴのようなものを背負っていて、いつから背負っているのか訊いてみると、

それは気付いたときにはあって、

生まれたときから装着されている感じがしていました。

 

背負っているものは責任。

なぜ背負っているのか訊いていくと、

まず最初に「家族がバラバラになる」という言葉が浮かんできました。

 

家族は自分の責任を抱えきれなくて、

自分のことでいっぱいいっぱいで、

そうなると家族がバラバラになってしまう。

だから私が家族の分の責任も持たなければいけないし、

持っていることで自分の存在意義がある。

もし持たなければ、役立たずになるし、

万が一自分の責任まで家族に持たせることになったら私はお荷物になってしまう。

 

 

私にとって責任は「誰かが必ず抱えるか背負うかしなければらならないもの」でした。

これも私の中では当たり前になっていることで

ますみさんに質問されなければこの思いに全く気付かなかったと思います。

 

注)セッションでの醍醐味の一つが自分では当たり前すぎて

気づくことのできない「思い」「自分のデフォルト」を

ご自身が気付けることが大きいです♪

 

その責任を背負っている女の子には悲壮感が漂っていて、

その悲壮感自体の声を聴いていくと、怒り、そして悲しみが出てきました。

家族に都合良く扱われる。

人として扱われない人形。

いつも笑っている人形でいなければいけないという悲しみでした。

 

人形でいなければOKは貰えないし、他に選択肢はない。

笑っている人形でいるメリットもあると同時に、

もうそれしか道はないように思っていました。

笑っている人形も、選択肢は他にないということも、

ずっと自分の中で親しんできたものでした。→

注)こういった親しみすぎて分からないデフォルトを

見つけることが大きな紐解きのpointとなります。

 

この悲壮感に付いている思いを受容したあと、その役割を訊くと、

その役割は「自分を奮い立たせるもの」でした。

自分を奮い立たせられなかったら、グズグズの使いものにならず、

ゴミや邪魔なもので、用済みだねと捨てられてしまう。

逆を言えば、グズグズで使いものにならないものにならなければ、

ゴミや邪魔なものにならなければ、

用済みだと捨てられなければ、死ななくて済む。生きていられる。

 

 

ここの「死」と「生」のところは、

セッション中に自分の中にすんなり入ってこず、

質問されても言葉が浮かばず、解説されればそうだと理解できるけど…という感じでした。

でも、いま振り返りの感想をここまで書いてきて、

やっと繋がった!という感じがしています。

そして、最後に悲壮感のエネルギーを見てみると、

物凄く窮屈で耐えなければいけないというエネルギーから、

それはとても強くて、しなやかで、強靭なものに変わっていました。

同じものだけど、それを見ている思いが違えば全然違うものに見えることを実感した瞬間でした。

 

注)セッション中に全て気づかなくて全くOKです。

こうして後からあれとあれが繋がるなぁというのは

私自身も沢山体験しています。

 

本当はその力を持っていたけれど、

いつの間にか忘れてしまって自分にはないものにしていたんだなぁと思いました。

 

ここからはセッションが終わったあとの帰り道のことですが、

生まれたときに既にカゴを装着していた私のイメージがフッと出てきました。

その子はとても無邪気にニコニコ笑い、

幼稚さ全開で、「これからこのカゴにね、自分の好きなものを入れていくんだ♪」

と言って、楽しそうにしていました。

 

カゴには沢山好きなもの入れよう!と楽しみにして子供だったのに、

生きていくうちに、あれ?好きなことや楽しいこと以前に

やらなくちゃいけないことがある?何やら責任があるの?と思い、

いつしか無邪気な私を忘れてしまったんだなぁ、

蓋をしたんだなぁという感じがしました。

 

今もその無邪気な子がイメージで出てくると、

懐かしくて、切なくて、胸が締め付けられる感覚になります。

その感覚が何なのかはまだわからないのですが、

不快ではないので、出てくるときはそのまま感じておこうかなと思います。

 

ということで、今回もまた帰りの電車でポロポロと泣いて帰りました。

 

セッションを重ねるごとに、

紐解かれていくひとつひとつのことを愛おしく感じます。

長くなりましたが、今回も本当にありがとうございました。

またこれからもよろしくお願いします。

 

********

 

継続の醍醐味はセッションが増えていくと同時に

「私自身」もその方の心の仕組みを知れて

信頼感や傾向やパターンを知れる事・・・

 

大切にすべてのクライアントさんの思いに敬意を払い

丁寧に寄り添いたいと思います。

 

引き続きこちらこそどうぞよろしくお願いいたします☆

 

 

Read More
03
8月
2017

セッションってどんな感じ?

おはようございます♪

今朝は涼しくて風が気持ちいいですね~

 

今回は継続セッションを受けてくださっている方々が

どんな「初回」を迎えているのかお伝えしますね♪

イニシャルでの掲載を許可いただいております・・・

 

30代女性 都内在住 自営業の方

Sさん

 

======

【テーマ】

姪っ子に対するイライラ

 

【それがどうして起こったのでしょうか?】

私のセロファンを通して見ているだけでなく、

私のセロファンを相手が持っていると

信じ込んだ世界に私はいるから。

 

*ここでは「抑圧と投影」を説明するために

カラーセロファンを用いて実際に自分と姪っ子さんの

間に何が起こっていたかを実践ワークでお伝えしています。

 

最初は自分のケースだとあまりにも感情があるので

他者の例から入り、それが分かってきたところで

自分の例に入ります♪

 

【今回のセッションでの気づき】

~べきのセロファンが何百枚も私にはある、

というのは自覚がそれなりにありましたが、

「自分のセロファンを相手のセロファンと思っている」

という視点は新しかったです。

 

最初はぴんとこなかったのですが、

徐々に心の奥でしっくりきた感触がありました。

そうだったなら、私の生きてきた世界って、

なんてかわいそうな虚構の世界だろうと思うし、

早くその虚構の世界から一歩外に出たいと思いました。

 

【自分の抑圧投影の仕組みを眺めると・・?】

「悪いことをしたら自分を責めるべき」というセロファンがあったから、

批判や叱責を受けた後に落ち込まないでケロッとしている人を見ると、

鈍いんじゃないかなとか、

ちょっと嫌な目で見てたんだ~とか、

家族やごく親しい人に謝られるようなときに

自責の念や悔いる気持ちが強く感じられてこないと、

相手が自責の念にかられるまでしつこく言い募るところは、

このせいだったか~と思い当たりました。。

 

【セッション後の気づき】

セッションのあと、自分のセロファンを探っていたら、

30くらい出てきたのですが(笑)、

中でも「太ったら人々に見下される」

「相手を満足させるために努力しなければいけない」

「貧乏になったら何の楽しみもない人生を歩むことになる」

「他人に変な目で見られてはいけない」

はこれまでの人生にすごい圧力で影響を与えてきたなぁと思います。

いずれ、このへんのビリーフも見ていってほしいです!!

 

========

 

本当に第1回目なので入り口に過ぎないのですが

既に自分が見えなかった「心の仕組み」がチラッと見えてきて

どうしてこれができてきたのか・・・

持つことになっなのか・・・を

 

自分の内側にある存在と心を紐解く問いかけで

対話しながらセラピーなどで進めていきます。

 

扱っているものはとても深いその方の思いと感情を

生み出す「核」なので

継続の方でより丁寧に触れたら…と思っています。

 

深い核は表層の中にも大切なヒントが詰まっていますし

ありとあらゆる場面で登場してきます。

人生の中である意味大活躍のエネルギーなんです。

*ネガティブもポジティブも♪

 

そんな大活躍のエネルギーと対話すると

いつもあんなに嫌っていたこの状況や感情が

全く違う視点で見えている自分へ「自然に」変化しています。

 

癒しは奥深く、同じものがなく、

「私という存在」は荘厳な完璧な心の仕組みの上に

その通りに動いているなぁと自分を含めて感嘆の気持ちになります♪

 

Read More
09
7月
2017

父の最後に何かもっと・・という思い

おはようございます♪
すっかり真夏の今朝ですね・・・

起きたときから「暑い・・・((+_+))」

 

夏ですね~~

さて今日は最近のセッション例からまたシェアしたいと思います。

匿名で掲載OKとのこと、かなりセッションなど受けていらっしゃいますが

本当に回を重ねるごとに見えてくる世界が

変化していく様子をご覧ください♪

 

私が使っているスキルはは師匠溝口あゆかさんの作った
OADで進めています。

 

 

*********

【テーマ】

父の最後の入院時に何かもっとできたのかも・・・という思いがある

 

【今までの勉強やセッションから気が付いていること】

責任を負えない弱い私であってはいけない。

もっと入院時に付き添いや家族のフォローが出来ていたら

、責任を負えない弱い私にならなくて済むと思っていた。

・無力感。 無力感があるから、

もっと何かをすることで自分が出来ている感を得たい。

また、仕事のために東京に帰って、一進一退を繰り返す父の側を離れていれば、

自分の無力さを感じずに済んでほっとする。

 

【今回のセッションでの気づき】

 

ますみさん、長い時間ありがとうございました。

セッションの途中から、何でこれを感じているんだろう?

何でここの思いに来ているんだろう?と

不思議な感覚が出て来ましたが、

安心して身を委ねることができた時間でした。

父が最後に入院していた際に、

もっと何かできることがあったんじゃないか。

ずっとそう思っていましたが、

その「何か」は具体的な行動ではありませんでした。

 

自分を守るための殻も何もない素の状態、無防備な状態で接したかった。

心が動くままに接し、思ったことを言葉にし、計算なく甘え、

交流することが出来なかったことが心残りだった。

 

今回のセッションでそれに気付くことができました。

 

そして、私はそのままでは愛されないし、

会話すれば批判されるという思いが払拭できず

家族間でも殻は絶対必要だし、

もうお互いを理解し合うことは出来ないと思っていたけど、

いつもあった殻の感覚と自分を責める思いで見えなかった所に

本当は愛情が流れていたことを、家に帰ったその夜に感じました。

 

 

それはセッションの中で感じた、

内から湧いてきたエネルギーと同じような感じがしました。

一見、父の入院時に何か出来たんじゃないかという思いとは関係なさそうな

「ずっと一人だった」という馴れ親しんできている感覚、

これが出来てきてくれてわかったことでした。

 

家族がいても誰がいても「ずっと一人」の感覚は、

硬くて割れない透明な殻の中にいる感覚で、

これさえなかったら…と思い、

この殻のエネルギーはダメなものだと私自身が批判していました。

 

 

でも、よく感じてみれば、この殻は私を守るための生きる知恵や術で、

なくてはならないものでした。

それがわかると殻の見え方が変わり、

暖かくて強いもの、

でも疲労したらパリッと割れてしまうものに変わっていきました。

 

 

その後に出てきた恐れも、よく感じてみると、

自分を人の批判や攻撃から守るためにあったものでした。

鉛の玉から柔らかいボールに変わり、健気だなと思うとともに、

恐れは私のレッテルでもあったと気付くことができました。

 

 

今まで見えていたものが変わっていく。

私の見方が変わるだけで、

それを受け入れてみるだけで、

同じエネルギーの物も違って見えて、見ている私の感覚も変わる。

どこまで行っても、どのレベルの意識でも、

私の投影の世界でしかないんだなぁと実感した時間でした。

 

 

最後に父の入院時のときに戻ったとき、

エコーは無力感を感じていたと言っていました。

そのエコーと今の自分の間に距離ができて、

当時の自分を冷静に見れたとき、

その無力な自分を責めていた一番の存在は自分でした。

 

 

一番身近にいる存在の私。

思考を眺めていると時々自分を批判している声を拾うので、

無意識の中では自分への批判の嵐なのかもしれない…?

という思いが頭をよぎります。

そして、人からの批判、暴言、攻撃が怖い、

とても苦手だというセッション中にもよく出てくる思い。

どうしてそんなにも苦手で怖いのか、なぜだろう?と興味が出てきました。

 

 

いつかその思いも見ることが出来たらいいなと思います。

ぐったりして翌日午前中は会社を休んでしまいましたが、

毎回のセッションが痛いながらも貴重な経験で、

セッションを受けることができて良かったと思います。

ありがとうございます。 また次回もよろしくお願いいたします。

Read More
  • 先頭へ
Copyright (C) 2014 Healing space mamy All Rights Reserved.