インテグレイテッド心理学

08
8月
2018

「されている側」の弱い私

おはようございます♪

昨日と今日は雨でお天気は悪いのですが

気温が少し収まり、息継ぎが出来るようなそんな

2日間ですね。

 

今までが暑すぎて危険な災害レベルの暑さでしたから

もっともです☆

 

さて、今日は私を含めてですがクライアントさんの殆どが

大なり小なり持っている感覚について書いていきたいと思います。

 

ご相談のお話を聞いていると・・・

自分の立ち位置と言いますか、存在している場所と言いますか

殆どが誰かや環境や、社会や何かに「されている側」になっているのです。

 

一見、「している側」に居るようでも、そこに例えば怒りを感じているときなど

「している感」が足りなくて、こんなもんじゃすまされないとか

私はもっと傷ついたんだとか・・・

 

あなたはこれを同じように分かるべき、知るべき、罪滅ぼしを

するべき・・・などなど・・・

 

もしくは周りは私を助けるべき、理解するべきなど・・・

 

色々な形こそあれ、「されちゃっている私」または

「過去にされていた私」であることが多いですよね。

 

この思いを持っていると良くないから

「明るい力のある私へ変化しましょう」とか

どうやったら許せるでしょうね~という事を言いたいのではありません。

 

 

これらのある意味大なり小なりのみんなが経験したことがある

「される側」の私の「何故今も、これに苦しんでいるのか」の

理由と訳を聞いていってあげたいのです。

→例え普段は忘れていたとしても10年前の出来事を

思い出せるのはその時の自分の傷があるからですよね。

 

時薬・・・

時間が解決してくれるってよく親にも言われたし

先生もそう言っていたけれど・・・

本当にそこにある傷は時間で忘れようとしても

実は蓋をしているだけで「あるなぁ」と感じざるを得ません・・・

 

 

自分の中に出ている思いや感情・・・

「あの時、あの人がこんなことをしなかったら

今の私は違っていたはず」

 

「社会がもっと私を助けてくれていたら

今の私は自由に生きていたはず」

 

「やりたいことが出来ないのは

〇〇のせいだ・・・」

 

他者や環境が悪い…と感じている時の私の傷ついた声は

本当に聞いてもらえていない心の叫びであることが

多いなぁと感じます。

 

そして根本的に「される側」でデフォルトの私が強く存在していると

どうしてもそこに引っ張られてしまうのは

当たり前なんですよね・・。

 

私も自分の中の「される側の弱い私」=「被害者の可哀そうな私」を

ずっと見つめてきています。

いっぱいいますから・・・笑

永遠のテーマです♪笑

 

 

自分自身の深い声は「諦めていたり」「世の中そんなもんだ」とか

「誰もわたしのことは分かってくれない」とか

最初はそんな声ばかりなのですが・・・

 

ここをとことん「セラピーで聞き倒すこと」で

どんな声もずっと押さえつけられてきた日の目を見ることが出来なかった

痛みの声なので理解して理解して受容して受容していくと・・・

 

ある瞬間に「どわぁ~」っと溢れて出てきます・・・

もう、本当に涙が洪水の様に出て・・・

そして「これが欲しかったの(欲しかったものは様々です)・・・」

と小さい子の叫びの様に

ずっと抑えていたものが見えてきたときに・・・

 

本当の意味での赦しや、癒しや、緩みが体感できます。

 

直ぐに訪れないことも多々ありますし

無意識に楽になることへの抵抗もあったり

苦しい自分からの変化が怖くて

 

そこに触れられないことも良くあります・・・

 

私も何年もかけて同じようなテーマを

自分自身が見ているものもあります。

 

でも・・・一度これを体験したら・・・もう、本当に

それは「完璧な安堵」しかなく、常にこれしかないことを

身体全てで感じます。

 

ご自身の中にある「されている側」の私を

優しい眼差しで抱きしめてあげる経験は

自分自身の理解とこれこそが自分への愛そのものだと

 

日々のセッションや経験から感じています。

 

 

 

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28
7月
2018

どんな思いがそこにある?

おはようございます!

連日の猛暑が少し落ち着きつつ

今度は台風による雨の影響がありそうな

週末ですね・・。

 

みなさんのお住まいの地域はいかがでしょうか?

 

暫く、ブログを更新していませんでしたが

今回はセッションや自分自身の中でも馴染み深かった

一つの思いの力」について書いてみたいと思います。

 

 

======

 

「全部できなきゃ・・・」

 

この言葉がある意味どんな人生のシーンにも登場していることが

より深い感覚で感じる日々でした。

 

*例えば苦手だけれど運動をしたほうがいいので

スポーツジムに通っていたのですが、週3回必ずどんなに大変でも

通って頑張れば、きっと身体が変化するはず。

→「全部できなきゃ」

 

 

*なるべく炭水化物というか糖質を取らない食事をしようと

決めて過去に成功したことがあったのでまた自分にそれを課せて

頭では「自分のためにいい事している♪」と思っていたのですが・・・

→「全部できなきゃ」

 

*朝の最初のセッションが始まるまでに、掃除、洗濯、PC作業

自己ワークなどもやって、自分を整えてから始めなきゃ・・・

→「全部できなきゃ」

 

 

*外に出たついでにあの雑用も、この雑用もいっぺんに済ませよう

→「全部できなきゃ」

 

*友達との会話や繋がりを全ての人と平和に保ちたい・・・

→「全部できなきゃ」

 

 

*仕事上の(例えば私ならセッションや講座開催や講師業)自分全てに

納得のいく形を作らなきゃ

→「全部やらなきゃ」

 

などなど・・・

ある意味当たり前に、普通に、自分としては「自分らしく」ナチュラルに

常にある思いなのですが、ここを中心に動いているなぁと・・

 

そして苦しさや悲しみや、後悔がくっつく時は必ずと言っていいほど

「全部がうまく出来ていない」と私が感じている時でした。

 

何故、こんなにも「全部できなきゃ」というミッションがそもそも

染み込んでいるのでしょう・・・

 

深いところにあった私の声は

 

「全部自分がやりたかったことが出来たら

大好きな相手に喜んでもらえるから・・・」

 

 

物凄く相手に喜んでもらう事が「私の愛情表現そのもの」で

その相手とは特定の人物も含まれていましたし

 

大きな神のような、大いなる存在でもありますし

気づいている意識とでも言っていいかもしれませんし

その私以外のすべてに私の愛を伝えたくて、見せたくて

動いていた衝動でした。

 

 

でも、その相手やおおいなる意識はその愛情表現を見せる私に

私と全く同じ愛情で、優しい眼差しで私を見ている・・・・

 

私は全部できなくて良かったんだ・・・

 

既に最初からこの愛情しかないところで勝手に起こっていた

生命の営みの一つなんだ・・・

 

「全部できなくてもいい」

 

この言葉は魔法の言葉。

ここにくっついていた様々な感情も一緒に溶けていきます・・・

→セッションでは「思い」だけでは溶けていかないので

必ずそこに在る「感情」を良く感じてもらう事をしています。

言い換えると「思い」には必ず「感情や感覚」が一緒にくっついています。

 

全ての苦しみが溶けていく不思議な言葉・・・。

 

いかに決めたことを全部できなきゃの世界に縛られて

辛かったのかな・・・と感じるとともに苦しむ自分への優しい眼差しを

自分が自分に向けることが自然に起こります・・・

 

自分の中の苦しみは必ず訳があり存在しています。

その声を聞くと・・・というか聞き倒すと、不思議と自分への理解と

愛情が自然に起こります。

 

何てラクなのでしょう♪

 

素敵な週末を!

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02
7月
2018

自分が自分をOKできる自信とは・・?

おはようございます♪

 

本当に朝から暑い・・・

夏なんですね・・・

暑くないと野菜も育たないし、生命の生育に必要なものですが

段々と軟弱になってきたせいで、ふ~ふ~言っております(笑

 

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昨日はフジコヘミングさんのソロコンサートへ・・・

あぁ、やっぱり素敵・・・

何が素敵か・・・

 

存在そのものが、沢山の愛の経験が、

別れや喪失や・・・心の痛みや、温かさや柔らかさが・・・

音に伝わる・・・

 

ミスタッチや、年齢も85歳・・・身体だっても元気はつらつではないでしょう。

でも何がこんなに人々を惹きつけるのでしょう・・・

 

昨日の中で私の中で一番響いたのは最後から2曲目の

Rranz Lisztの「愛の夢」

もう、音から全ての愛に優しさと賛美が込められているような

そんなエネルギーが満ち満ちていました。

 

愛ってハッピーだけじゃない体験もあるでしょう・・・

残酷で冷たくて打ちひしがれたような裏切られたような

愛もあるでしょう・・・

ズルい愛や、卑怯な愛・・・

一杯色々な愛の顔があるのに、こんなに優しくて

生命のエネルギーに満ち満ちているのは何故なんだろう・・・

 

あぁ、全てあって良い・・・

 

ピアノの音色が全てを受容してくれているような気がして

本当に素晴らしかった♡

 

彼女の波乱万丈な人生や自分が自分を肯定している

強さや、逞しさがまた音に色を付けてくれている感覚・・・。

 

最近、ある方の言葉で改めて感じたことがありました。

死ぬ前にどんな風に自分に言葉を掛けたいか?

 

「ごめんね」より「ありがとう」が言いたい・・・

 

自分にありがとうって心から言えるとしたら自分を肯定していなかったら

なかなか本当の意味で言えないなぁと改めて感じました。

*すぐに日々の忙殺の中で忘れてしまう・・・

 

自分を肯定できている時ってきっと自信も自然にそこにあって

しなやかな強さと優しさで満ちている感じ。

 

そんな時はきっと周りのすべてにも自然な感謝で一杯でしょう・・・

 

同じ勉強をしている仲間の方があげていたYouTubeの中で

フジコさんが自分の演奏を「上手く弾けた」と

凄く自分自身を賛美している言葉が光っていました。

 

TVで自分の演奏を自分が自然に褒めれるってなんて凄いんだろう♪

でもそんな風に「在れたら」楽だろうなぁと・・・

 

「恐れからの自信を持つべき」ではなく「自分が自分をOKできる自信」を

本当に愛しいと感じた時間でした♡

 

でも、「恐れがあるから自信を持たなきや」も

やっぱりその内側にいる怖がっている私自身も愛しさそのもの・・・

 

素敵な一日をお過ごしください♡

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17
6月
2018

自分の中のモンスター

おはようございます♪

 

ここ数日は涼しい朝でしたから

皆様体調はいかがでしょうか?

 

私は今週末はHRA OADセラピスト養成講座のアシスタントです♪

 

さて、私たちの中には小さいモンスターや

巨大なモンスター

長ーく住んでるモンスターや最近生まれた

モンスターなど…

 

さまざまなモンスターちゃんがいます。

*守るものが何もない=怖さがないと

こんな風に生きていけるかも♡

 

*******

 

あるクライアントさんは

ずっとご主人の浮気で苦しんでいました。

熱烈な周囲の反対を

押し切り、困難な状況や大切な何かを

切り捨てやっと結ばれた2人なんです…

 

永遠に続くと思っていた結婚生活の5年目にそれは襲ってきました。

 

もう、それからは5年経っていますが

彼のもうしない、もう絶対にない、

自分的に終わった…の言葉は彼女の中を素通りし、

自分でも何故ここまで許せないか…

過去を流し、新しい生活を送れば安心出来るのに…

この許せない自分が巨大なモンスターとして叫び続けそのモンスターに苦しんでいました。

 

過去の出来事がトリガー1つからありありと蘇り(例えば、今回の一つはベランダでの喫煙がモンスターの目覚めるきっかけ。毎朝の刺激として刷り込まれる)

 

苦しいのは浮気に纏わる出来事そのものや喫煙そのものではなく、モンスターの傷の痛みでした。

 

モンスターはこの痛みをなくしてしまったら

自分じゃなくなる、幸せな愛されて受け入れられて、大切にされる自分は崩壊するからやめてー!と叫び続けます。

 

******

 

傷の痛みに涙を流しているのに

私たちはこの痛みを無意識に手放したくない…

そんな風にこの痛みを抱えている姿にこだわりと言うか、理由や訳を持っていたりします。

セッションでは早くこれをどうにかしたい、痛みを取りたいからどうしたら?と思うのですが…

 

例えば、この痛みを抱えている私でいれば

 

*これ以上、傷つかないで済む…

*相手を許してなかったたことにしなくて済む…

*忘れたら自分への冒涜になってしまう…

*痛みが新しい前に進む力を与えてくれる…

*弱い自分になってしまう

 

などなど…

それぞれのモンスターちゃん達は

健気に健気に、良かれと感じ、判断して

ずっと誰にも褒められなくても粛々とその姿でいた…

 

これって…

これって…

 

自分への愛情?

 

え〜〜!

 

複雑な私たちへハグを♡♡♡

苦悩の中にあった健気な自分への愛を見つけた瞬間です♡

 

 

 

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06
6月
2018

その境界線はどんなエネルギー・・・?

おはようございます♪

今日は雨・・・いかがお過ごしでしょうか?

 

今から少し身体を動かして来ますがその前に書き留めたくなりました。

 

 

あるクライアントさんとのセッションで(長いお付き合いの方です)

フィードバックに書いてあった言葉から・・・

 

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セッションの冒頭で、最近の自分の状態~安心できなくて、

いろんな情報に過敏で大変だ、疲れちゃう~とお話しさせてもらったのだが、

その安心していない自分に同化していた!!ということを問いかけで気づかせてもらい

全く気付けていなかったことに驚いた。

デフォルトの自分―

『本当は安心したいけど、安心せずいつでも警戒して見張っていることで、

安心しようとしている自分』―をよく理解し自覚して、

この自分にとどまって日常を見てみるということが、

とても大切なんだと教えてもらいました。

デフォルトの自分を理解することで、『この自分だから、親に腹が立つ』など

出てきているのだ・・・

 

『最近は、結構自分のこと観察できてるしぃー』とか思っていたところだったので、

またまた同化してる自分に気付くことへの難しさを再認識できた。

安心していないそのものの自分からしか世界を見れていない。

 

本当の意味で出来ていなくて、

『安心したらダメだぁぁ~』という声が出てくる。

私=苦しみ になっちゃってるから、外していく練習をしていけばいいだけなんだなーと。

わたしの表面に出てくる感情や想いに、より共感することができ、

自分への理解や自己愛が深まるのがわかります。

実践して、とどまることの大切さをふかく体験したいと思います。

 

あゆかさんの講座のお話しから境界線についても学ぶことが出来た。

他者と境界線を引くときに発せられる言葉そのものだけが大切なんじゃなくて、

その言葉をどういうまなざしで自分が言っているか、ということを、

ますみさんは常にチェックしていると聞き、とても勉強になった。

『境界線』という盾をつかって、自分を守るために発言していたことがあったことを思い出した。

それを言っているときの自分の感情は恐れや怒りだった。

境界線という名の防御だったなーと気づけた。

 

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私たちは無意識に自分が感じている「感情=自分そのもの」になっていること

良くあります。

例えば「怒りを感じている自分」からいつの間にか

「怒りの塊」として相手を見つめている自分とか・・・

 

そして境界線の話ですが私も耳が痛い話。

本当にすっかり感情に乗っ取られていると相手を「悪者」として

境界線を「正当な理由」として大義名分で全く気付いていない自分が居たり・・・

良かれと思って相手の領域にいつの間にか入っていたり・・・

表面上では良い事していて頑張っている自分だったり・・・

 

それに自分の正しさがないと、

私たちは相手を責めたり、行動そのものが出来ませんよね。

 

自分を本当に間違っていると思っていたら・・・

想像してみてください。

その時の自分を動かすエネルギーはきっと弱まってしまう。

 

思いっきり相手を攻撃するときは

信念を通すときは「自分に正しさが必要」

 

だから・・・

いつも心に留めておくのは私が相手に何か言いたいとき・・・

「私はどんな眼差しで相手を見ているの?」

「相手の事が嫌いで?相手が赦せなくて?怖いから?」

 

これをじっくりと探ってみます。

 

自分の中に本当に本当に恐れがない時の「相手に伝える言葉」は

それが結構強烈だったとしても・・・

そこに愛があるときは、優しさがあるときは大抵上手く伝わります。

 

逆もしかり。

きつい事言われたなぁと感じたとしても

それが愛情からだと思うと全然痛みがない。

 

*優しい言葉でもそれが冷たさや批判から来ていると

とても痛みがあります。

 

相手の姿や行動のすべてが優しく自分に映る・・・この不思議さ。

 

境界線を「盾」として守りで引いているか

愛情いっぱいの温かさで引いているか・・・

 

私もいつも気をつけたいぞ~と改めて思ったのと同時に

いつもクライアントさんに素敵な気づきを同時に貰っている。

 

分かっているつもり・・・から体験の「分かった」へ・・

 

知識や情報を超えた体感へ・・・

 

幸せ・・・♡

 

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28
5月
2018

そもそも、どんな世界に住んでいますか、

おはようございます♪

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

私は今朝はゆっくりと美味しいお茶を

自分に入れてあげながら

週末に学んだ振り返りをしつつ…

セッションの準備をしています。

*このキャロットケーキも上のクリームチーズと

どっしりした本体とが本当にいい仕事していました♡

 

 

 

今日は、週末の一般の方向けの

溝口あゆかさんのインテグレイテッド心理学基礎講座から

とても良い話を聞いたのでシェアして行きますね。

 

自分の心がラクか苦しいかはどんな判断で

無意識に決めているのでしょう…

 

出てきた『自分の解釈』で随分と変わっていきますよね。

 

その時はナチュラルに出てきた思いが『自分の推測だ』と言うこともすっかり忘れて

『それが事実』であるという前提で話をしていたり、自分自身も感じたりしています。

 

そして、その解釈にはもれなく感情やイメージ、文字だけではなく、

感覚もくっついているためによりリアル。

 

私ももれなく瞬時に自我の動きに乗り、

とても当たり前の慣れ親しんだ姿です。

→通常の私たちそのものの姿

 

では具体的にどんな事を言っているのでしょうか?

 

例えば『お母さんの顔が曇っている』(事実はそのように見えている状態)

自分の中にお母さんに対して無意識に罪悪感などがあったとします。

すると、前日に全く他の事で疲れていただけかもしれないお母さんの顔は

『あなたはまた私を困らせるのね…』

そんな風に映っているとします。

すると、

『お母さんがこの思いを持って私を見ているんだ』が事実となり、

私はお母さんの顔を曇らせた悪い子となるでしょう…

または、お母さんに対して

『まただ…。もう私たちは理解しあえないんだね。悲しい…』

となるかも知れません。

 

こんな風に自分の思っていることが

事実の世界に皆さん住んでいませんか?

 

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*実際には何と相手が言ったのか

*本当は何が起こっていたのか

=======

 

自分の中で事実になっているものに関して

苦しみがくっついてきたら振り返ってみましょう♡

 

実は自分がそう感じるのは、

『苦しい解釈をしている世界に住んでいるから』なんです。

 

もし逆に『私はお母さんから頼りにされている娘だ』が

自分の中での真実の世界に生きていたら

お母さんの同じ曇った顔は

『私に助けて欲しいのね〜、いいよ、いいよ、何?話して♡』

になるかもしれません。

『同じお母さんの表情』でもこれだけ解釈は違ってきます。

 

自分に優しく、ラクな世界で住む方がハッピー♡

自分がハッピーだと、不思議ですが他者や状況にも優しくなりませんか?

 

ストーリーの改善(どうしたら)ではなく、

ストーリーの解体(どこからこの苦しみが来ている?)をしていく…

 

どうしたら人生がラクになる?

何を得たら良い自分になれる?から

 

なぜ私はこの出来事や相手をこう解釈するの?へ…

HOW TOから愛情を込めた寄り添いのWHYへ…

 

どうしたの?

何があったの?

そんな思いや感情をずっとそこで抱えていたんだね…

 

分かるよ…

だったらそう感じるのは当たり前だよね…

 

 

苦しい体験をしてしまっている『根っこ』にいる

傷ついた自分を見つめて対話して行くことは

大きな違いであり、大切なポイントです♪

*セラピーで潜在意識へタッピングと共に進めて行きます。

この時も一切のジャッジナシの100%の全受容の中でです。

どのぐらいに『分かって欲しかった私がいるか』が

情報や知識を超えた「体験で」分かるでしょう…♡

自我の自然な解体が起こっているのです。

 

 

自分が世界で一番の自分の理解者になろう〜♡

と今日も感じつつ…

優しい一日をお過ごしくださいね!

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26
5月
2018

ありのままのパワー

おはようございます♪

どんな朝をお迎えでしようか・・・?

今日、明日は一般の方向けの「インテグレイテッド心理学」

アシスタントに向っています。

皆さんの「え~~、ぎゃ~、そうなんだ~、嘘~~」

目から鱗のそんな声が毎回私も改めて染み入る2日間です。

 

今朝は自分の中にあるパターン、傾向を観察しての

シェアをしていきますね。

 

私の傾向として誰かに何かをするのが好き・・・

誰かが喜ぶことが好き・・・

親切にするのが好き・・・

相手が(自分のしたことで)助かっているのを感じるのが好き・・・

 

こういった「好きの傾向」が結構多いなぁと

過去の人生振り返って感じていました。

 

で、どうして相手のために何かをするの?と自分に問えば

何度も出てくる「相手に役立っている自分」を感じられるから・・・

 

この時なんですが何故私が「役立ち感」を大切にしていたかというと

役立っている時には「優しさと温かさ」のエネルギーと

触れる時間だったから・・

 

 

今回のワークは「役立たないと見捨てられる」怖さとか

そこに「居るため」には役立たないとダメといった側面でなく

自分をある意味犠牲にすることを、人生で何故その姿を止めないのかを

見つめていくと・・・

 

犠牲を止めてしまったら

「愛や温かさや優しさと永遠にバイバイしなければいけない」

 

そんな私オリジナルの思いが見えてきました・・・・

 

このつながりだけは失いたくないと思ってずっとやめていない

私の姿が見えてきました。

 

 

では人に対する犠牲を細胞の隅々まで私から抜き切ってしまったら

どうなるんだろう・・・

ここを見ていくと端折りますが

もっと目の前の人を「ありのままの姿」として

映している私がそこに居ました。

 

幼い私は小さなころから母を可哀そう人だから私が助けたい、

力になりたいと必死で傍にいましたが

私の眼差しに映った母は「そのまんまの等身大の母」。

 

その母は決して弱くなく可哀そうでもなく強かった・・・

家族全員を見つめてみると

本当に一人一人はありのままで全く私が助ける必要がない

強さを持った存在そのもの・・・。

 

この「相手をありのままに見ている」視点で手伝ったり、

助けるのと、「弱い人」として助けるのでは雲泥の差ですね。

 

そしてじゃあ、愛や温かさや優しさは私の中から抜けてしまったのかといえば

相手の中に強さを見つけられている私そのものが

「優しさと温かさ」で満タンなんです・・・♡

 

いかにありのままを見ていないか・・・を再認識。

ありのままでない時はとてもつらくて苦しい自分・・・。

そのものが見えている自分は平和そのもの・・・♡

 

 

きっと相変わらず何かを誰かにしたい気持ちは存在しますが

衝動の根本が違うエネルギーとしてそこに在るときは

表面的には同じ行動でも中身が違う軽やかなエネルギー。

 

 

自分の中の「私はこんな人なんだ」というセルフイメージがあったら

是非見つめてみましょう。

 

どうしてそう感じたの?

どうしてそれをしたの?

しなかったらどうなる?

何を分かって欲しかったの?

相手や状況をどんな風に見ている?

 

*これらは全てが「ありのまま」ではなく自分の解釈の目で

見たり感じたり判断しています。

これが悪いとかいけない事ではなく「そう感じている自分」を

心から理解し、受け入れる、許すことに繋がっていきます。

 

自由さ、軽やかさって自分が作れる・・・!

 

素敵な一日を♡

 

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23
5月
2018

自分に反応が起こっているとき

おはようございます♪

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

最近はセッションや講座の前にほぼ

ジムに行くか、近くの広い公園を歩くかして整える毎日です♡

 

 

どの子もそれぞれが精一杯に生命を謳歌していますよね〜

 

ここに現れている紫陽花さんたちは隣の紫陽花と自分を比べて

「あっちの株に生まれたかった。

もっと綺麗な色が出せるのに…」とか

「あそこに私がいればもっと目立つかも」とか

「ここは日当たりが良くてラッキー」とかって感じているのでしょうかね…

 

コメントがない世界でただそこに存在しているような静かだけれど、

ただシンプルに生命の謳歌がそこに在る感じがします・・・

 

*******

 

私たちは日常の生活の中で常に何かに反応し続け、

頭の中は万単位の思考が流れ続け

他者と自分や状況を比べたり

上手くやれていればホッとして安心したり

充足感を感じたり、幸せを感じて緩む感覚に浸ったり…

 

上手くやれていない、マズイと感じれば

緊張感が身体を包み、戦いモードになったり、

それを補う何かを探したりしていますよね?

 

ハッピーな感覚はいくら湧いてきても問題ないと思うので

セラピストとしてはネガティブな感覚が湧いてきた時のことを書いてみます。

 

自分が何かや誰かに反応している時…

例えそれが微細なすぐに消えてしまって

忘れたかのようであっても…

 

大きな嵐の中で航海している小舟のような状態であっても…

 

大きさや重さや痛みの差こそあれ

そこには自分の傷が反応しています。

 

そして、自分がそれを絶対に感じたくない思いが強ければ強いほど、

大抵の場合は

本当に本気で相手が悪く見えたり感じています。

相手や状況が不条理で、自分は大抵、被害者側になっています。

→もれなくワタシもです♡笑

 

そんな時はどうしたって相手を攻めていますよね…?

大抵が自分の「正しさ」や「あなたは理解するべき」のエネルギーと共に…

それが証拠に私は相手が自分の思った通りの

反応がないと怒ります・・・笑

 

一見、自分の気持ちをちゃんと伝えて、自分を尊重できたとか、

自分を守れているようで、

この行為は自分の傷を満たすための攻撃になっています。

 

なので、実は結構大変で、自分が傷ついています…

→見えにくいし分かりにくいけれど

 

相手が全然悪くないんだよと言う話ではなく、

自分の中の仕組みの話です。

 

自分の反応がなくなる、

または薄くなってから相手や状況をみてみると

 

もっと前向きで建設的で、愛や優しさがベースの話や交渉が現れそうな気がしませんか?

 

その方が断然、自分に優しいのです♡

 

そうです、要するに本当の意味で

自分に優しいことを見つけられて実行できる時間が

増えていけばハッピー♡

 

こんな真のハッピーを探し続けることが楽しい♪

 

自分に一見優しいこと、正しいことをしている時に

力が入っているか、緊張感があるか・・・

チェックしてみましょう♡

 

柔らかい一日をお過ごしください~

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20
5月
2018

一緒の楽しさ、パワフルさ♡

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか…?

おはようございます♪

私はHRA OADセラピスト養成講座のアシスタントに向かっています。

今朝の爽やかなの6時台のお散歩で

出会った開いたばかりの額紫陽花♡

6時台の方が人が多かったです〜

 

 

最近、またふと感じたことをツラツラと

書いてみます…笑

 

*********

 

皆さんは一人は好きですか?

 

 

私は小学生の時、中学生の多感な時期は

一人を感じる事がとても嫌でした。

仲間はずれやいじめ…

自分がされたり、されている人を見て

 

 

自分は嫌われて受け入れられていない感覚…

私の存在や所属感、そこに居ていい感覚を

感じられないから…

絶対感じたくない感覚だったから・・・

 

どうやって仲間を作るか

親友づくりが一番大切な程に誰かと居たかったわたし…♡

誰かがいる価値があるワタシ。

誰かに必要とされている感覚・・・一人ぼっちじゃない感覚・・・

 

ウンウン、わかるよ…

自分はそもそもひとりぼっちだと言う思いがあるなら

誰かと居たい気持ちはそこに出てきていいし、あっていいよ…♡

 

大人になってからは逆に誰かと行動する事が面倒になり、

交わらない私がメインでした。

一人で好きなものを買い、好きなものに囲まれ、好きな所に旅行に行き、

クラブに行っても一人で踊り、その場で交わる仲間が心地良かった…

 

今は…

どちらもあるなぁ…♡

 

でも、同じものが好きで、興味があって

それをみんなと分かち合っている時の

心地よさ、安心感、充実感は格別に大好き♡

 

「何かを感じないため、埋めるための一緒」

から…「一緒に何かを感じたい、謳歌したい」へ…

 

安心して委ねて良い感覚…

 

これがハッピー♡好きだ♡

恐れや不安から来ている誰かと一緒の感覚があれば、正直に自分の声を聞いてあげよう♡

 

何故愛情のない彼とそこに居るの?

 

気を使って自分がしたくない姿でいないといけないグループに

居るのは何故?

 

一人ではやっていけない不安や怖さはどう?

私は大丈夫?

 

 

 

そこにあるものをちゃんと認め

私が私を受け入れてわかってあげたい♡

実際にする、しない、居る、居ないは置いておいて・・・

私だけは私の真の理解者でいよう。

 

素敵な一日を!

 

 

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14
5月
2018

恐れや攻撃無しのハートの声♡

みなさまおはようございます!

今朝は暑くなりそうですね〜

 

私は既にジムに行くために移動しています。

 

自分の体験通じて感じていることを

また少し書いてみます。

 

******

 

よく、本や誰かのブログや

テレビや雑誌…

友達同士の会話のなかで聞く言葉。

「ハートの声を大切にしよう!」

 

私も本当にこれこそ自分を愛し労わる礎でもあるし、常に自分の心の声を拾えることは素晴らしいと思います。

 

 

ただ、ハートの声って実は難しい。

 

ある人がいます。

彼女はいつも他者優先で、自分は

本当は◯◯って思っていたり、△△したいってしっかりと感じている。

でも、言えないし、できないとします。

これは何故か…

 

彼女は自分を優先したら自分勝手で

わがままで、人が自分を嫌いになり、周りから大切な人さえ去っていく恐れがあったとします。

 

ママ友仲間と学校の役員決めがあれば

「あなたが頼りなの。一緒に私たちの仲間とやらない?あなたさえ、あと決まればもうこの集会が無事に終わるから…」

 

(⌒-⌒; )…

 

今までは相手の要求を飲み、相手に合わせ、相手のニーズに応える私でいました。

が、最近読んだり聞いたりするハートの声を大事にすることを実践しようと頑張って

「ごめんなさい、私、やりたくないのよね〜」と、色々な場所で言える私になりました。

おしまい。チャンチャン!

 

一見、ハッピーエンドで彼女自身も

自分は自分を大切に出来ているという経験が増えた気がしているでしょう…

が、心の中の声がもし、こんな声があれば

チェックしてみませんか?

 

*相手に自分の言いたいことやしたくないことを伝える時に力が入っていないか?

 

*もし、相手が自分のニーズを満たしてくれなかった時に、怒りや相手を責めたい気持ちが出るかどうか?

 

*伝える時に優しさやゆとりや柔らかなエネルギーとともに言えているか?

 

などなど…

 

本当に私がハートの声を尊重できたなと感じる時があるとすると…

例えば自分が伝えたことで、相手との距離が出来てしまっても「相手を温かく見れているとき」

 

例えば伝えるときに既に相手や状況への気持ちなどが尊重したいなと感じれている時。

そこには無意識の「自分の正しさやコントロール」が抜けています。

 

自分の経験ですが

相手の反応が自分の予想と違っていて

自分のニーズが満たされなくてガッカリしたり、相手を嫌いになっているときは

 

大抵は「私は私の思いを相手に分かって貰いたかった」事が多かったです〜

 

一見、ハートの声!って顕在意識では思っていたけれど…(⌒-⌒; )

 

また自分が相手や状況から本当にハートからの声だなぁと感じると結果はどうあれ、

私自身の眼差しが優しくて温かい♡

 

自分にも、相手にも温かい優しい時間が増えるとハッピー♡

 

素敵な月曜日をお過ごしくださいね〜♡

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