人間関係

05
8月
2019

「静けさこそ、心の傷を癒す一番の特効薬」

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日は静けさの中で心の傷を癒す・・・

こんなテーマをみなさんとシェアしていきたいと思います。

 

=======

 

静けさ・・・

何をイメージしますか?

 

静寂、ノーコメントの空間、澄み切った広い感覚?

なんでしょう・・・

自分の中に湧き上がるイメージでOKです。

このイメージの中でじっと自分の中にある

傷ついている私・・・

疲れ切って起き上がれない私・・・

諦めている私・・・

絶望している私・・・

 

いつもだと励ましや共感の言葉や

相手を一緒にひどいよねと言ってあげたり

一緒に怒ったり・・・

ゆっくり休んで良いよとか・・・

 

または「どうしたら良いか」の考えを一緒に練ったり・・

何か「しよう」とするでしょうが・・

 

 

その私を静けさで包んであげましょう・・・

 

静けさの中でどんな動きが出てくるでしょうか?

どんな声が聞こえてくる?

静かに泣いている姿かもしれません。

 

ノージャッジで全てを包み続けます・・・

 

自由にそれらの動いている思いや感情を

眺めてみましょう・・

操作なしで自由に、自由に・・・

何かをどうしようとか、そこにあるものを無くそうとか

元気づけようとか全く無しで・・・

 

それが永遠に続いてもいいよ。

ずっと見ているよ。ここにいるよ。

そんな眼差しで静けさの中で自由にさせてあげると・・

 

どうなっていくでしょうね・・

 

体験してみてくださいね。

 


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04
8月
2019

私の「ココロの声=身体の声」の拾い方

おはようございます♪

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日は「私のココロの声も大切に」

これについて皆さんとシェアして行けたらと思います。

 

私たちはもちろん、色々な方々いらっしゃいますが

セッションなどで繋がった方で多いのは

自分自身にも悩みはあるのに

家族の誰か…

または大切な誰かの為に心を痛めている場合が多いです。

またはあの人がこうなってしまったのは

私のせいだとか、私が力不足だから助けられない…などなど…

 

まずは状況や状態をちゃんと把握して行動するのは必要ですが

ただ、頭でグルグル考えて、

そこから不安や怖さがベースのストーリーに翻弄されて

まだ起きていない事にココロが消耗する…

 

これでは本当の意味で

「助けたい人が助かりにくい」のは

客観的に見ると分かりますよね。

 

当事者の時は私も

「私はいいんです、大丈夫だから

◯◯の為には何ができますか?

どうしたら良いんでしょうか?」

 

このスタンスでしかいられず

「あなたのケアからですよ」なんて言われたら

「ここにいてもラチがあかない」と

アドバイスを求めてどこかを探したでしょう…

 

まずは、私のケア…と言うよりは

目の前に起こっている状況に対して

「私の身体はどんな風に感じているか」を観察してみませんか?

 

========

 

頭で考えていることには意識が向きますが

身体は非常に多くのアンテナで全てを感じています。

 

この先どうなるの?と言う不安感が

胸の奥にずーんと響いていたり

お腹に重たい石がどーん居座る感覚かも知れません。

 

大切な人の落胆をみると全身に緊張感がはしり、

身体が硬く「ぎゅーっ」が走ったり

胸がキュッとなったり、ちくっと走ったり・・・

私たちは身体を通じて

意識していないだけで「体感」が自動的に起こっています。

 

「フォーカシング」という手法があるのですが

身体の感覚から普段は全く拾ってもらえない

自分の本音、隠されていた声を気付いていくもの。

 

実は身体は潜在意識の入り口。アクセスゲート。

 

そこから気付いた声は本音であればあるほど

「腑に落ちる感覚」「そうそう、そうなの」という

分かってもらえた感を「体感」で

感じことができるでしょう・・・

 

「頭で理解する」から→「身体感覚」へ・・・

 

オススメの本はこちら

 

今日も繋がっている空の下

それぞれの場所でファイティン♡

 


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03
8月
2019

「絶対味わいたくない」ものほど支配される私たち

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか・・?

 

起きた時間から既に暑い・・・

子供の頃の夏休みのラジオ体操の時間が

少し涼しかったなんて・・・

随分と気候も変わりましたね。

 

 

=======

 

今日は「2度と味わいたくない・・」

「絶対に感じたくない」

「もう、これだけは無理だ・・」

 

こんな経験がある方はそれなりにいると思います。

私も含め実はこの思いにすごく支配していることを

知っていますか?

 

これを皆さんとシェアしていけたらと思います。

 

=======

 

例えば恋愛で例えるとします。

A子さんはこの人と結婚するんだ・・と

心に決めた人がいて、順調にお付き合いをしていましたが

ある時に彼の携帯から

自分の親友と二股をかけられていた・・

 

「男は愛する人は一人じゃないんだ」

「私は騙される人なんだ」

「私は大切にされない存在なんだ」

「人を信じたらこんな風に傷つくんだ、怖い」

などなど・・・

 

原爆級の傷が彼女に落ちたとします。

 

すると何が起こると思いますか?

 

彼女はこの「2度と・・・!」と持った

「感じたくない思いや感情」に支配されてしまうのです。

 

いくら誠実な人が現れて愛情を注いでくれても・・

いくら信頼しても大丈夫な人が現れても・・

彼女は心からの安心やリラックスを味わえないでしょう・・

 

そして時間が経ち、もしまた恋愛しても

誰かに「あの人ってモテそうだから気をつけなさいね」と言われたら

アドバイスくれた人に対して

「そんなの分かってる!」などと

凄く怒りが出てくるかもしれないのは

 

自分が「2度と・・」とならないようにしているものだから

そうなるよと言われた気がしてしまい

刺激されてしまうのです。

 

誰よりも「そうなるかもしれない」と

無意識で思ったものは

自分では普段は全く気付けていないため

もし、他者から言われて怒りが出ることがあれば

自分の中に何か「否定しているもの」

「感じたくないもの」がある要素が大きいです。

 

自分が絶対にそうなりたくない、

そう感じたくないと思ったことは

こんな風に人生の中で現れていることがあります。

 

当たり前ですよね・・

心の仕組みから見ると・・・

 

私も自分の中のこういった声に

沢山気づいて、沢山ケアしてあげたいです。

 

今日も繋がっている同じ空の下

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02
8月
2019

「ママ〜!」と呼ばれる声にドキドキする訳

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日は「実は気になっている」誰かのセリフ、

フレーズまたは仕草や表情など・・

実際にはそれで何も悪いことも頼まれごともないのに

聞いた途端、身構えたり

なんかこの先に負担なことが待っているような・・・

そんな経験はありませんか?

 

 

=======

 

あるお母さんは子供が「ママ〜」と呼ぶたびに

なんか気が重く

つい「なにっ?」「今すぐ聞かなきゃダメ?」

すごく警戒している自分に気づきました。

 

大抵はその後に続く言葉は今日の出来事のシェアや

たわいも無い自分が感じていることのおしゃべり・・

それなのに子供から「ママ〜」と呼ばれると

どうしてザワザワするのだろう・・・

 

そんなお話でした。

 

で、その時の身体の感覚から

フォーカシングとセラピーで感じてもらうと

過去の小学生の自分が・・・

 

そうです、彼女はその頃にずっとフラストレーションが溜まり

母親にならば「思いっきり当たっても大丈夫」と

用もないのに

「お母さん〜!お母さん〜!」

この言葉に色々な不満を乗せて

お母さんを呼んでいました。

 

自分のイライラのはけ口として唯一許されたのが

母親だけ。

 

実はこの母親に対しての大きな不満もあったのですが

それが家の事情でどうにもならないことがあり

学校でも、家に帰ってからも落ち着ける場所がなく

ずっと行き場のない寂しいようなイライラしているような

このエネルギーを抱えていました。

 

実はこの後に大きな展開があり

お母さんの癒しも含めて

(母も家の問題を娘に流していることに

申し訳なさを感じていたのですが

母自身がどうにも出来なかった)

 

自分が実は一人でその悩みを抱えていたのではなく

お母さん自身も同じ悩みを共有する同志、

仲間だったことが見え

つながりを取り戻すことができたのですが

 

こうして全く関係のない数十年後の我が子の

「ママ〜」との呼びかけが

まさかここに繋がっていたとは驚きですね。

 

全然見えていなかった過去の私と

そこにあった未消化の感情や想いと対話すると

不思議ですが

我が子の「ママ〜!」は

そのまんまの「ただの呼びかけ」でしかなく

あんなに1年以上も身構えていたのが

嘘のように変化しました。

 

 

これは予想したり、アドバイスなどでは

全く見つからないことですよね。

 

一人一人の中の自分でさえ気づいていないものから

こんなことが隠されていた・・・

自分への深い理解と寄り添いは何にも勝る最強のケア。

ご本人が「不思議だけれど・・

奥深すぎるけれど・・

しっくり理由が繋がっていて

あぁ、こう言うことだった」と納得。

 

当然、自分の娘さんとも、母親との関係も

軽くなっています。

繋がっている感覚。

 

 

 

今日も同じ繋がっている空の下

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01
8月
2019

「私だけを見て」の本当の意味とは?

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日から8月が始まりました。

暑さも一気に来たため体調を崩されている方

多いのではないでしょうか・・・

ご自愛くださいね・・。

 

 

=======

 

「私だけを見て欲しい」

 

これは誰に対して一番叫んでいるでしょう・・

パートナー?

親に対して?

友達?

上司?

それとも・・?

 

誰の中にもある「私を見て欲しい」とか

「常に気にかけて欲しい」

「私が一番と認めて欲しい」

 

言葉使いやエネルギーの強さはそれぞれですが

この感覚、体験したことある方はそれなりに

いらっしゃいますよね。

 

この時に自分の欲しいもの、切望している状態が

手に入っていないと感じると

どうなった感覚になるでしょう・・

 

「私はいなくてもいい存在」

「必要のない存在」

「ないがしろにされて良い存在」

・・・・なんでしょう・・・

 

相手にとっては十分な愛情や気持ちを掛けていても

「自分がそう感じない時」は

 

実際にどうこうではなく自動的に

自分への意味づけがそのまま自分自身になりますよね。

そしてそれが紛れもない真実となるのです。

 

自分へのセルフイメージがこの意味を持たなかったら

常に「自分だけを100%見ていなくても」

 

安心でリラックスして相手を信じることも

自分の興味あることへエネルギーを使うことも

「常に2者間の事だけを考える」苦しい状態から

もっと自由に緩むでしょう・・・

 

 

「どうしたらこの私の癖を直せますか?」から

「どうして私はこんなにも自分を見て」と願うのか

こっちの理由を探してあげましょう♩

 

相当な理由があるからこそ

こんなに苦しい思いを持ち続けているのです。

→ずっと誰かに常に私を見続けてもらわないと

不安や怖さがあったり、怒りを持つ方がよっぽど大変ですよね。

 

永遠に自分だけを見てくれる人探しから

それを求める苦しい旅を止められなかった

私の辛さを探してあげませんか?

 

 

「その存在がいない私は何を感じてしまいそう?」

→だからずっと求めていたんだね・・

ここ、すごく感じたくない私が大抵います。

 

今日も繋がっている空の下

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31
7月
2019

「持って行き場のない感情」はどうしていますか?

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日は「持って行き場のない感情」について

みなさんと色々なシェアができたら・・と思います。

 

例えば・・

家族の中で病気や元々の何か障害を持っていたり

手がかかる人がいると

いつも自分は後回しにされたり

その人の前では元気な自分を出すことを控えたり

 

一番末っ子だからどうしても自分が「一番チビで出来ないので」

「またお前はいつもそうだ・・」と言われないように

いつも力を入れて頑張っていて

甘えることができなかったり・・

 

こんな時に出てくる「怒り」や「悲しみ」は

本当に持って行き場がありませんよね。

 

家族の中では「当たり前」なものとして存在しているので

それを自分自身も「そうだ」と思っているので

実際に声に出したり態度に出すことがなかった感情たちは

 

実は何十年も経っていてもしっかりと

「今の自分が持っています」

 

 

普段は気づかないけれど・・

いつもはむしろ元気な自分ですが

ふとした時になんとも言えない

「ここにいても全然満たされない」感覚や

「またお前は・・足を引っ張るんだから」という声を

2度と聞きたくないから

本当に助けて欲しい時にそれができない・・・

 

人を助けるほうは得意なのに

助けてもらうことが苦手な方がいらっしゃれば

ここを見つめていくのはどうでしょうか・・?

 

=======

 

どうしてそれを「伝えたら」ダメなの?

どうして「私はこうしたい」って本当のことを言ったら

ダメなの?

 

じっくり、まずは頭での答えが出てきても

「横に置いて」

身体でじっくりと感じてみましょう・・・

小さい頃の自分かもしれないし

最近の自分かもしれませんが

 

身体ではどんな感覚がそこにありますか?

 

「身構える感じ?」

「喉に詰まったような悲しい感じ?」

「うっすら全身の諦め感?」

なんでしょう・・・

 

身体は実は答えを知っています。

しかも嘘がつけません。

→頭ではある意味嘘がつけてしまう・・・

(変に辻褄を合わせて最もらしい答えを作ってしまいがち。

何度となく経験済みでこうなるとすっきり感はないです)

 

声になっていないだけで

本当は身体で感じているのです。

思考とは違う、もう一つ深い抑えられていた真実の声を

時間をかけていいので拾ってみましょう。

 

そこからきっと真の自分との対話が始まるでしょう

 

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30
7月
2019

自分の気持ちに「色々あっていいよね」

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日は「色々あっていいよね」

そんな気持ちをみなさんとシェアできたら・・と思います。

 

例えば・・・

誰かの投稿を読んで、「あぁ、そうだなぁ」

どこかのニュースを見て「あぁ、私もそれある・・」

自分の人生の中で色々な事件?が起こり

「もう2度と立ち上がれない・・」

「誰も信じられない・・」

 

こうして私も含め、みんな色々な思いや感情が

1日の中だけでもどのぐらい身体を通り抜けるのだろう・・・

 

そして中には深刻なものは

通り過ぎずに自分の中に(フィールドに)

蓄積されていくものも多々・・・

だから10年前のあの傷ついた出来事も

しっかりと本当は蘇らせて思い出せる。

(普段はしっかりと蓋で抑えているけど)

 

頭では「ずっとこの幸せや安心が永久に(とこしえに)」とか

「常にポジティブで優しい私でいたい」とか

「冷静で対処できる私で・・」とか

色々あるけれど・・

 

そもそも「ずっと」とか「永遠」は難しい。

思いや感情がこれだけ目まぐるしく変わる生き物なのに

何かの一定の私で居続けるのは逆にナチュラルじゃないかも・・・

 

「ずっと◯◯でいたい」気持ちが出ること自体は

ナチュラル。

「ずっと◯◯でいなきゃ(いるべき)」が出てきたら

ここを見つめていきたいな・・・

 

「どうして?」

すごくシンプルに・・・

(当たり前でしょの声は横に置いて)

 

きっとここに普段姿を隠している私の声があるでしょう・・

 

だってね・・◯◯はもう2度と嫌だから・・とか

良い状態の方が正しいとか・・・

私の中の声はなんでしょう・・・

 

それを求める理由をしっかり聞いて

自分のことをもっと知りたい♡

 

今日も繋がっている空の下

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29
7月
2019

その境界線の引き方は健康的?

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

今日は「境界線」についてみなさんとシェアできたら・・

そしてどんな境界線が一番自然なのかを

一緒に感じていきませんか?

 

=======

 

境界線という言葉自体を知ったのは

私自身が自分の精神疾患を抱えてしまった家族に対して

思いっきり巻き込まれて

思いっきり振り回されて

いわゆる「共依存」の形になっていて

その辺りから「境界線」のことを知り始めました。

 

知識としての境界線は

「自分も相手も尊重するための適切な心の線引き」

心の国境のような役目でもあり、ここを守って他国(相手)との

安心で安全な関係を保つ感じです。

 

でも、そもそも境界線に興味を持ったり

自分に必要だとなぜ感じるの?

 

それは私の場合は

「自分が引けていないことで苦しい」と感じているから。

境界線が甘いからダメなんだ・・・

相手も依存させてしまっている・・・

お互いに共依存だ・・

 

だから依存しないために

「頑張って境界線」を引こうとしていました。

 

=======

 

ある意味本当は引けない理由がたんまりあるから苦しいのに

境界線を努力して意識して引けば「楽になる」と

そういった視点で境界線を人生に用いていた時は

結局どこかが苦しかったです。

 

見ていきたいのは

「なぜ境界線を引かなきゃ」と感じるの?

そこです。

 

本当はどう感じているの?

私が手を引いてしまったら相手はダメになるとか

生きる希望を失うとか

悲観して死んでしまうかも・・とか

私しかこの人を理解してあげられない、救えないんだとか・・・

何かしらあるからこそ

「共依存」な訳なので

先にこちらを解いてあげたいですね。

 

そしてここが緩んでから

「健康的な境界線」を引きませんか?

 

健康的な境界線とは頑張って引くものとは違い

ベースには「愛情」があります。

 

相手を信頼して見守る愛

大丈夫だよの目線で相手を見つめる感覚・・・

 

決して頑張って線を引かなきゃではなく

そこには信頼、尊重、愛情があります。

 

「見守る愛」ですね。

 

健康的な境界線がリラックスして保たれた関係は

本当に心地よく、安全です。

 

急いで線を引く前に

「なぜ境界線が必要なのか」の根っこにある声を

聞いてあげられたらいいですね。

 

 

今日も繋がっている空の下

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28
7月
2019

「早とちり」で失敗したことありますか?

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

皆様の地域では雨は大丈夫でしょうか?

 

昨日、今日は1日中「セラピー」や

潜在意識の声を拾う「心を紐解く問いかけ」の講座です。

雨の中、気をつけておいでくださいね。

 

 

今日は「早とちり」(死語?笑)について

皆さんとシェアしていけたらと思いますm(_ _)m

 

というのも、久々にしっかりとそれをしたことで

相手との信頼関係は簡単に崩れるかもしれないし

自分の中でもモヤモヤしたり

または自分の中に勝手に「溜め込んで」

相手を好きになれなくなったり

 

色々な支障が出てくることがあるなぁと・・

 

========

 

ある人の頼みを聞いているうちに

それが当たり前のようになっていって

自分でも知らず知らずに無理を重ねていたとします。

 

例えば家族が具合が悪くて嫁ぎ先からは遠いけれど

自分も心配で一緒に病院へ行ったり

先生の説明を一緒に聞いたり・・

 

そしてお嫁さんはいるけれど

いつの間にか一緒にチームのように行動し、

家での看護も病院での看護も

増えていったとします。

 

すると・・・

勝手に勝手に色々な「早とちり=解釈」が生まれて

お嫁さんから「おはようございます」の

ラインが来ただけで

「あ、私に何か頼みごとなんだ」とか

「今日のお医者さんも一緒に行って欲しい」ことなんだと

早とちり。

 

ここでいう早とちりとは心理学用語で言えば

「投影」とか「そう解釈した」みたいなこと。

勝手にそう自分で意味付けして

相手を解釈してしまうのです・・

 

決してお嫁さんは「それを強要」したことはなく

実は「無理しなくていいのに・・でもいい義姉で私は幸せ」

そう思っているかもしれなかったのに・・・

 

この早とちりで相手との信頼関係も簡単に崩れますし

相手を嫌いになったり・・・

 

よく考えてください。

全部自分が苦しい側ではないですか?

 

======

 

昔は「私は本当は嫌なんです」が言えなくて

→伝えることで逆に相手と上手くいかなくなると

そう解釈していたので

一人心の中で相手を嫌いになって

表面では笑顔で苦しかったのですが

 

これ自体も全部自分が作った「事実ではない思い込み。」

=一人芝居

 

今では素直になんでも相手に話して

もし、それを相手が「悪く受け取れば」

それは相手の解釈の問題でもあるのかなと

考えられることが増えてくれば来るほど・・・

 

自分の感情の責任(だけ)を自分が取ればいい・・

これがすごく浸透してきて

随分楽になりました。

 

昔は「相手の感情の責任も私がどうにかしなきゃ」と

思っていたから辛かった訳です。→「私のせいだ」の公式

 

早とちりで失敗した〜と思っても

そのあとにフォローが心から素直にできて

そのあとの相手の感情の責任の本当の所在は

自分にないこと(自分がどうにもできない)が見えてくると・・・

少し苦しさは減りませんか?

 

もちろん、謝るし、もちろんフォローするけれど

その先の責任は負わなくていいんだ・・

本当の意味でそれが見えた時に

初めて自由になりました。

→ここのプロセスも行ったり来たりしながら

ゆっくりでしたよ〜

 

 

今日も同じ繋がっている空の下

それぞれの場所でファイティン♡

 


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26
7月
2019

「愛する」という大義を果たしている私たち

おはようございます♩

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

 

いよいよカラッとした本来の夏の暑さ。

体調はいかがでしょう・・・

ご自愛くださいね。

 

今日は「誰かを愛する」

「何かを守る」「思いを馳せる・・」

これを私たちは一生懸命、健気に果たそうと

奮闘しているなぁと感じたことを

シェアしていけたらと思います。

 

=======

 

例えば、子供が思い通りに育ってくれなくて

ついつい手を出してしまう・・

手伝ってあげてしまったり、口も出してしまう・・

 

遠くに住む家族に思いを馳せ

近くにいた時には2度と関わりたくないと思ったはずが

病気で苦しんでいるとか倒れたって話を聞けば

心は揺れて痛みを持つ・・・

 

お金にルーズな近しい人がいて

その金策や「もうこれで最後だから」と言われると

ついつい貸してあげたり、整理をしてあげてしまう・・

 

初めは実際に手をかけてあげることから始まるのですが

どうしてもそれで上手くいかないことを繰り返すと

頑張って距離をとったり、耳や目を塞いだり・・・

でもいつだって本当は心の奥では気になっていて

離れた自分を責めたり罪悪感を持ったことはありませんか?

 

私も同じく・・です。

特に「共依存状態」になればなるほど

こうなるのは当たり前。

 

でも過去の自分に寄り添ってじっくりと声を聞いていけば

なんでもすぐに「手伝って助けること」が愛だと思っていました。

 

自分以外にはこの人を救えないし

誰も助けてくれないし・・・

 

その人の状況を自分がなんとかして変えてあげることが

それが愛情だと思っていたけれど・・

 

遠くから手を出さずにじっと相手を

「信頼して」「待つ」・・・

こういった「見守る愛」があることを知りました。

 

すごく距離を「頑張って置く」ことが苦しくて

自分を責めつつも

あぁ、これも立派な愛情だと感じるまでは

時間もかかりましたが、

これを徹することがどのぐらいの愛の試しでもあるかも

経験しました。

 

信じ続け、待ち続けるって忍耐がかなり必要。

これって「大義」だなぁと・・

 

私たちは「愛する大義」を果たすためにも

生きているのかなぁと・・・

 

それぞれの場所で、それぞれの思いを抱えている

健気な自分を十分に気付いてあげたいですね。

 

今日も繋がっている空の下

一緒にファイティン♡

 


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