EFT、マトリックスリインプリンティング

17
8月
2018

自分を理解する真の寄り添い

おはようございます♪

今朝は少し涼しい!

嬉しい!

冷房を使わない外気に触れて気持ちがよい幸せ!

 

朝の短い時間かもしれませんが自然の配慮に感謝しつつ

このブログを書いています・・・

 

自分を含め、セッションでも私たちは「無意識に」

自分の気持ちに蓋をします。

 

無意識なので本当にいつ、どんな蓋をしてたかなんて全く

分からないでしょう・・・

 

心理学の言葉では「抑圧」なんていいますが

この「抑圧」って本当にある意味素晴らしい産物だと思うのです。

 

大抵セッションでは「抑圧」してしまったものを見つけて

その下にずっとあった日の目を見なかった「思いや感情」を

見つけてその声を聞いていくことをしていますが・・・

 

この「抑圧さん」側にも実は深い深い声があったっりします・・・

 

過去にこんな例もありました。

その方のお父さんはとても優しくて、一杯働いて

その子自身の大好きな存在だったようです。

そして同時にこの父親から守って貰えている限りは

絶対に大丈夫な感覚・・・

父親に愛されていれば、必ず大丈夫な感覚・・・

 

ここに「どんな私でも」というものはなく

「いい子の私」「気に入られている私」「役立っている私」

「自慢できるような私」なら・・・というのも同時に刷り込んでいました。

だから同時にこの子は「ちゃんとやらなきゃ」も持っています。

 

 

というのも母親が自分の夫に対して全く同じ感覚だったので

当然子供にもそれは刷り込まれますよね?

 

「お父さんが居るから私たちはこうやって食べていけるのよ」

「お父さんが居るからこうして守られて生きていけるのよ」

 

母親の信じている世界観をそのまま子供が受けとりますよね。

 

ある日、父親が持ち帰ってきた珍しい海外のお土産が

机に並んでいました。

勿論、わぁ~っと子供はテーブルに集まりニコニコ眺めて

あれが欲しい、これが良いなと言っています。

 

ところが次の朝、母親に「あなた、お土産ひとつ盗ったでしょ。

お父さんが言っていたよ。早く出しなさい」

 

自分が尊敬して大好きな父親に「盗った人」と間違ったレッテルを

貼られたその子は傷ついてしましました・・・

 

「あの父がまさか、自分を間違えるなんて」

 

100%信じていた父親への信頼が崩れそうになった時に

出てきたのは「否定しない自分」でした。

 

酷く母親に叱られてお尻を叩かれている時も・・・

自分が盗人と決められた感覚も・・・

間違われたショックも・・・

母親も父親の言葉をすっかり信じ込んで自分に決めつけてくることも・・・

 

「悲しさ」「悔しさ」「怒り」などもあったものの・・・

「一番感じたくなかった感情は何?」

 

その子が言っていたのは「失望感」でした。

もし、父親に対して信頼を失い失望感を感じてしまったら・・・

自分の大切な安心をすべて失う・・・

愛する存在を失う・・・

尊敬し続けることが出来ない悲しみ・・・

 

「これを失うよりも黙って自分の濡れ衣を掛けられていたほうが

良かったの・・・

お父さんを愛せない私でいるよりはずっとましだから・・」

 

こんな健気な声が出てきたときには思わずその子に駆け寄って

本当にそうだよね・・・

これだけはどんなことがあったとしても守りたかったよね・・・

父に失望する感覚だけは感じたくなかったんだね・・・

愛を失いたくなかったんだね・・・

 

 

この子の「父親に対する愛」に駆け寄りハグして

ただただすべてを理解してあげたい気持ちが出てきました。

 

お尻を叩かれる姿は「父への愛の姿」そのものでした。

 

自分の名誉や尊厳よりも、父への愛がこんなに深いその子を

こころから慈しみ、心から「私が愛している」と感じたときに

全てが溶けていくような深い感動がありました。

全てに赦しのエネルギーがいきわたった気がしました。

 

過去の悲しい出来事や思いだしたくないシーンは

こうやってここに埋もれている声を引き出して

自分が自分を理解することで・・・

 

自分への愛情が深まる時間でもあります。

セッションは自分への愛を深めていく時間でもあるなぁと

いつも感じます。

 

今日も自分が自分を愛する時間を持てるように

自分自身も誰かも真摯に見つめていきたいと思います。

 

 

 

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13
8月
2018

自分の中の声は何と言っている?

こんにちは♪

さっきまで映画やドラマの中で見るような

ピカピカの雷が天から降ってきて

地響きと共に、凄い様相でした。

 

丁度、セッションとセッションの間だったのですが

これでは怖くて外は歩けませんよね・・・

自然の前には人間は任せるしかないのだなぁと感じていました。

 

丁度週末がHRAのカウンセラー養成講座だったのですが

「境界線」と「ビリーフ」の講座でした。

 

先ほどのセッションでも感じたのですが

本当に私たちは「ビリーフ」=「自分の中の声」通りにしか

生きられないというか、それをもとに行動や思考や感情が

生まれています。

 

 

例えば・・・

就職が上手く行かないと悩んでいる方がいて

職から離れて2年近く・・・

 

立派な経歴やそれなりの経験もあるのですが何が

就職を困難にしていたか…と言いますと

心の中の声、その方オリジナルの仕組みを紐解いていくと

「特別なポジション」でなければ人の上に立てない・・・

 

しかも300人に1人しかとらないような難関のポジションばかりを

目指していて、誰でもそこそこ入れるようなところでは

意味がない・・・

 

こんなその方オリジナルの仕組みが見えてきました。

→ここでもっと通りやすい就職を選びましょうといったアドバイスが

あまりその方をラクに出来ないことが見えてきます。

ラクではこの方は安心できないのです・・・

 

そして顕在意識ではそこ(難関ポジション)を目指しているものの

深いところではそのポジションを得られない自分なんだという

絶対に感じたくない自分の姿も出てきました・・・

 

 

また過去の幼少時代からも失敗したらもう二度とやりたいことは

やらせてもらえないといった思いや

みんなからも責められる自分像や、常にトップでいないと陰口を

言われてしまう恐怖感や・・・

親を悲しませているという罪悪感も・・・・

 

 

何故自分が就職が上手く行かないんだろう・・から

何故こんな就職を無意識に選んでいたのかが見えてきて

ご本人も納得と驚きでした。

 

これじゃ、1等の宝くじを絶対に当てなきゃだめだと

言っているようなものだなと・・・

 

何故自分が特別さを求めていたか・・・・

何故特別さが必要になっていったのか・・・

 

全てはこころの深いところ、自分では気づけない

無意識の部分にしっかりあって、ここが自分を動かしている

源になっているのです・・・

 

この求めているものが手に入らなくて叫んでいるこの声こそが

光を当てて分かって貰えた時に

その方オリジナルの深い癒しと緩みの世界が広がってきます。

 

今までも声の「文字」としては同じでも

→例えば「誰でもいいから私を分かってほしい」とか

 

この声の質や中身が同じだったことは一つもなく・・・

 

皆さんがオリジナル。

完全オーダーメイド、オートクチュールなのだと思います。

 

自分の中の見えていなかった声を自分が抱きしめて

迎え入れるときに・・・

その苦しみこそが精一杯生きている美しい証だったり、

生命の営みそのものを感じたり・・・様々ですが

 

この終わりなき「生命の営み」

本当に美しくていつも涙が自然に溢れます。

 

終わりなきに安堵や、安心を覚えてきつつ

今日も午後を丁寧に過ごしたいと思います♪

 

 

 

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08
8月
2018

「されている側」の弱い私

おはようございます♪

昨日と今日は雨でお天気は悪いのですが

気温が少し収まり、息継ぎが出来るようなそんな

2日間ですね。

 

今までが暑すぎて危険な災害レベルの暑さでしたから

もっともです☆

 

さて、今日は私を含めてですがクライアントさんの殆どが

大なり小なり持っている感覚について書いていきたいと思います。

 

ご相談のお話を聞いていると・・・

自分の立ち位置と言いますか、存在している場所と言いますか

殆どが誰かや環境や、社会や何かに「されている側」になっているのです。

 

一見、「している側」に居るようでも、そこに例えば怒りを感じているときなど

「している感」が足りなくて、こんなもんじゃすまされないとか

私はもっと傷ついたんだとか・・・

 

あなたはこれを同じように分かるべき、知るべき、罪滅ぼしを

するべき・・・などなど・・・

 

もしくは周りは私を助けるべき、理解するべきなど・・・

 

色々な形こそあれ、「されちゃっている私」または

「過去にされていた私」であることが多いですよね。

 

この思いを持っていると良くないから

「明るい力のある私へ変化しましょう」とか

どうやったら許せるでしょうね~という事を言いたいのではありません。

 

 

これらのある意味大なり小なりのみんなが経験したことがある

「される側」の私の「何故今も、これに苦しんでいるのか」の

理由と訳を聞いていってあげたいのです。

→例え普段は忘れていたとしても10年前の出来事を

思い出せるのはその時の自分の傷があるからですよね。

 

時薬・・・

時間が解決してくれるってよく親にも言われたし

先生もそう言っていたけれど・・・

本当にそこにある傷は時間で忘れようとしても

実は蓋をしているだけで「あるなぁ」と感じざるを得ません・・・

 

 

自分の中に出ている思いや感情・・・

「あの時、あの人がこんなことをしなかったら

今の私は違っていたはず」

 

「社会がもっと私を助けてくれていたら

今の私は自由に生きていたはず」

 

「やりたいことが出来ないのは

〇〇のせいだ・・・」

 

他者や環境が悪い…と感じている時の私の傷ついた声は

本当に聞いてもらえていない心の叫びであることが

多いなぁと感じます。

 

そして根本的に「される側」でデフォルトの私が強く存在していると

どうしてもそこに引っ張られてしまうのは

当たり前なんですよね・・。

 

私も自分の中の「される側の弱い私」=「被害者の可哀そうな私」を

ずっと見つめてきています。

いっぱいいますから・・・笑

永遠のテーマです♪笑

 

 

自分自身の深い声は「諦めていたり」「世の中そんなもんだ」とか

「誰もわたしのことは分かってくれない」とか

最初はそんな声ばかりなのですが・・・

 

ここをとことん「セラピーで聞き倒すこと」で

どんな声もずっと押さえつけられてきた日の目を見ることが出来なかった

痛みの声なので理解して理解して受容して受容していくと・・・

 

ある瞬間に「どわぁ~」っと溢れて出てきます・・・

もう、本当に涙が洪水の様に出て・・・

そして「これが欲しかったの(欲しかったものは様々です)・・・」

と小さい子の叫びの様に

ずっと抑えていたものが見えてきたときに・・・

 

本当の意味での赦しや、癒しや、緩みが体感できます。

 

直ぐに訪れないことも多々ありますし

無意識に楽になることへの抵抗もあったり

苦しい自分からの変化が怖くて

 

そこに触れられないことも良くあります・・・

 

私も何年もかけて同じようなテーマを

自分自身が見ているものもあります。

 

でも・・・一度これを体験したら・・・もう、本当に

それは「完璧な安堵」しかなく、常にこれしかないことを

身体全てで感じます。

 

ご自身の中にある「されている側」の私を

優しい眼差しで抱きしめてあげる経験は

自分自身の理解とこれこそが自分への愛そのものだと

 

日々のセッションや経験から感じています。

 

 

 

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28
7月
2018

どんな思いがそこにある?

おはようございます!

連日の猛暑が少し落ち着きつつ

今度は台風による雨の影響がありそうな

週末ですね・・。

 

みなさんのお住まいの地域はいかがでしょうか?

 

暫く、ブログを更新していませんでしたが

今回はセッションや自分自身の中でも馴染み深かった

一つの思いの力」について書いてみたいと思います。

 

 

======

 

「全部できなきゃ・・・」

 

この言葉がある意味どんな人生のシーンにも登場していることが

より深い感覚で感じる日々でした。

 

*例えば苦手だけれど運動をしたほうがいいので

スポーツジムに通っていたのですが、週3回必ずどんなに大変でも

通って頑張れば、きっと身体が変化するはず。

→「全部できなきゃ」

 

 

*なるべく炭水化物というか糖質を取らない食事をしようと

決めて過去に成功したことがあったのでまた自分にそれを課せて

頭では「自分のためにいい事している♪」と思っていたのですが・・・

→「全部できなきゃ」

 

*朝の最初のセッションが始まるまでに、掃除、洗濯、PC作業

自己ワークなどもやって、自分を整えてから始めなきゃ・・・

→「全部できなきゃ」

 

 

*外に出たついでにあの雑用も、この雑用もいっぺんに済ませよう

→「全部できなきゃ」

 

*友達との会話や繋がりを全ての人と平和に保ちたい・・・

→「全部できなきゃ」

 

 

*仕事上の(例えば私ならセッションや講座開催や講師業)自分全てに

納得のいく形を作らなきゃ

→「全部やらなきゃ」

 

などなど・・・

ある意味当たり前に、普通に、自分としては「自分らしく」ナチュラルに

常にある思いなのですが、ここを中心に動いているなぁと・・

 

そして苦しさや悲しみや、後悔がくっつく時は必ずと言っていいほど

「全部がうまく出来ていない」と私が感じている時でした。

 

何故、こんなにも「全部できなきゃ」というミッションがそもそも

染み込んでいるのでしょう・・・

 

深いところにあった私の声は

 

「全部自分がやりたかったことが出来たら

大好きな相手に喜んでもらえるから・・・」

 

 

物凄く相手に喜んでもらう事が「私の愛情表現そのもの」で

その相手とは特定の人物も含まれていましたし

 

大きな神のような、大いなる存在でもありますし

気づいている意識とでも言っていいかもしれませんし

その私以外のすべてに私の愛を伝えたくて、見せたくて

動いていた衝動でした。

 

 

でも、その相手やおおいなる意識はその愛情表現を見せる私に

私と全く同じ愛情で、優しい眼差しで私を見ている・・・・

 

私は全部できなくて良かったんだ・・・

 

既に最初からこの愛情しかないところで勝手に起こっていた

生命の営みの一つなんだ・・・

 

「全部できなくてもいい」

 

この言葉は魔法の言葉。

ここにくっついていた様々な感情も一緒に溶けていきます・・・

→セッションでは「思い」だけでは溶けていかないので

必ずそこに在る「感情」を良く感じてもらう事をしています。

言い換えると「思い」には必ず「感情や感覚」が一緒にくっついています。

 

全ての苦しみが溶けていく不思議な言葉・・・。

 

いかに決めたことを全部できなきゃの世界に縛られて

辛かったのかな・・・と感じるとともに苦しむ自分への優しい眼差しを

自分が自分に向けることが自然に起こります・・・

 

自分の中の苦しみは必ず訳があり存在しています。

その声を聞くと・・・というか聞き倒すと、不思議と自分への理解と

愛情が自然に起こります。

 

何てラクなのでしょう♪

 

素敵な週末を!

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28
5月
2018

そもそも、どんな世界に住んでいますか、

おはようございます♪

今朝はどんな朝をお迎えでしょうか?

私は今朝はゆっくりと美味しいお茶を

自分に入れてあげながら

週末に学んだ振り返りをしつつ…

セッションの準備をしています。

*このキャロットケーキも上のクリームチーズと

どっしりした本体とが本当にいい仕事していました♡

 

 

 

今日は、週末の一般の方向けの

溝口あゆかさんのインテグレイテッド心理学基礎講座から

とても良い話を聞いたのでシェアして行きますね。

 

自分の心がラクか苦しいかはどんな判断で

無意識に決めているのでしょう…

 

出てきた『自分の解釈』で随分と変わっていきますよね。

 

その時はナチュラルに出てきた思いが『自分の推測だ』と言うこともすっかり忘れて

『それが事実』であるという前提で話をしていたり、自分自身も感じたりしています。

 

そして、その解釈にはもれなく感情やイメージ、文字だけではなく、

感覚もくっついているためによりリアル。

 

私ももれなく瞬時に自我の動きに乗り、

とても当たり前の慣れ親しんだ姿です。

→通常の私たちそのものの姿

 

では具体的にどんな事を言っているのでしょうか?

 

例えば『お母さんの顔が曇っている』(事実はそのように見えている状態)

自分の中にお母さんに対して無意識に罪悪感などがあったとします。

すると、前日に全く他の事で疲れていただけかもしれないお母さんの顔は

『あなたはまた私を困らせるのね…』

そんな風に映っているとします。

すると、

『お母さんがこの思いを持って私を見ているんだ』が事実となり、

私はお母さんの顔を曇らせた悪い子となるでしょう…

または、お母さんに対して

『まただ…。もう私たちは理解しあえないんだね。悲しい…』

となるかも知れません。

 

こんな風に自分の思っていることが

事実の世界に皆さん住んでいませんか?

 

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*実際には何と相手が言ったのか

*本当は何が起こっていたのか

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自分の中で事実になっているものに関して

苦しみがくっついてきたら振り返ってみましょう♡

 

実は自分がそう感じるのは、

『苦しい解釈をしている世界に住んでいるから』なんです。

 

もし逆に『私はお母さんから頼りにされている娘だ』が

自分の中での真実の世界に生きていたら

お母さんの同じ曇った顔は

『私に助けて欲しいのね〜、いいよ、いいよ、何?話して♡』

になるかもしれません。

『同じお母さんの表情』でもこれだけ解釈は違ってきます。

 

自分に優しく、ラクな世界で住む方がハッピー♡

自分がハッピーだと、不思議ですが他者や状況にも優しくなりませんか?

 

ストーリーの改善(どうしたら)ではなく、

ストーリーの解体(どこからこの苦しみが来ている?)をしていく…

 

どうしたら人生がラクになる?

何を得たら良い自分になれる?から

 

なぜ私はこの出来事や相手をこう解釈するの?へ…

HOW TOから愛情を込めた寄り添いのWHYへ…

 

どうしたの?

何があったの?

そんな思いや感情をずっとそこで抱えていたんだね…

 

分かるよ…

だったらそう感じるのは当たり前だよね…

 

 

苦しい体験をしてしまっている『根っこ』にいる

傷ついた自分を見つめて対話して行くことは

大きな違いであり、大切なポイントです♪

*セラピーで潜在意識へタッピングと共に進めて行きます。

この時も一切のジャッジナシの100%の全受容の中でです。

どのぐらいに『分かって欲しかった私がいるか』が

情報や知識を超えた「体験で」分かるでしょう…♡

自我の自然な解体が起こっているのです。

 

 

自分が世界で一番の自分の理解者になろう〜♡

と今日も感じつつ…

優しい一日をお過ごしくださいね!

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26
5月
2018

ありのままのパワー

おはようございます♪

どんな朝をお迎えでしようか・・・?

今日、明日は一般の方向けの「インテグレイテッド心理学」

アシスタントに向っています。

皆さんの「え~~、ぎゃ~、そうなんだ~、嘘~~」

目から鱗のそんな声が毎回私も改めて染み入る2日間です。

 

今朝は自分の中にあるパターン、傾向を観察しての

シェアをしていきますね。

 

私の傾向として誰かに何かをするのが好き・・・

誰かが喜ぶことが好き・・・

親切にするのが好き・・・

相手が(自分のしたことで)助かっているのを感じるのが好き・・・

 

こういった「好きの傾向」が結構多いなぁと

過去の人生振り返って感じていました。

 

で、どうして相手のために何かをするの?と自分に問えば

何度も出てくる「相手に役立っている自分」を感じられるから・・・

 

この時なんですが何故私が「役立ち感」を大切にしていたかというと

役立っている時には「優しさと温かさ」のエネルギーと

触れる時間だったから・・

 

 

今回のワークは「役立たないと見捨てられる」怖さとか

そこに「居るため」には役立たないとダメといった側面でなく

自分をある意味犠牲にすることを、人生で何故その姿を止めないのかを

見つめていくと・・・

 

犠牲を止めてしまったら

「愛や温かさや優しさと永遠にバイバイしなければいけない」

 

そんな私オリジナルの思いが見えてきました・・・・

 

このつながりだけは失いたくないと思ってずっとやめていない

私の姿が見えてきました。

 

 

では人に対する犠牲を細胞の隅々まで私から抜き切ってしまったら

どうなるんだろう・・・

ここを見ていくと端折りますが

もっと目の前の人を「ありのままの姿」として

映している私がそこに居ました。

 

幼い私は小さなころから母を可哀そう人だから私が助けたい、

力になりたいと必死で傍にいましたが

私の眼差しに映った母は「そのまんまの等身大の母」。

 

その母は決して弱くなく可哀そうでもなく強かった・・・

家族全員を見つめてみると

本当に一人一人はありのままで全く私が助ける必要がない

強さを持った存在そのもの・・・。

 

この「相手をありのままに見ている」視点で手伝ったり、

助けるのと、「弱い人」として助けるのでは雲泥の差ですね。

 

そしてじゃあ、愛や温かさや優しさは私の中から抜けてしまったのかといえば

相手の中に強さを見つけられている私そのものが

「優しさと温かさ」で満タンなんです・・・♡

 

いかにありのままを見ていないか・・・を再認識。

ありのままでない時はとてもつらくて苦しい自分・・・。

そのものが見えている自分は平和そのもの・・・♡

 

 

きっと相変わらず何かを誰かにしたい気持ちは存在しますが

衝動の根本が違うエネルギーとしてそこに在るときは

表面的には同じ行動でも中身が違う軽やかなエネルギー。

 

 

自分の中の「私はこんな人なんだ」というセルフイメージがあったら

是非見つめてみましょう。

 

どうしてそう感じたの?

どうしてそれをしたの?

しなかったらどうなる?

何を分かって欲しかったの?

相手や状況をどんな風に見ている?

 

*これらは全てが「ありのまま」ではなく自分の解釈の目で

見たり感じたり判断しています。

これが悪いとかいけない事ではなく「そう感じている自分」を

心から理解し、受け入れる、許すことに繋がっていきます。

 

自由さ、軽やかさって自分が作れる・・・!

 

素敵な一日を♡

 

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22
4月
2018

自分の中の「べき」を外してみたら・・・?

おはようございます♪

今朝もとてもいいお天気・・・!

暑いぐらいですね~

さて今日もHRAのOADセラピスト養成講座

アシスタントに出かけてきます。

 

昨日の講座中での溝口あゆかさんのお話の中で

とても素敵な提案があったのでシェアしますね。

 

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私たちは物凄く無意識なのですが結構な割合で

日常生活の中に「〇〇するべき」「こうあるべき」が

浸透しているのは感じていらっしゃいますか?

 

私なんかは身体のほとんどがこの「べき」で作られているのでは

というぐらに物凄い自分に「べき」を課して生きていました。

 

勿論まだ、根強く残っている物もありますが

自分を見つめていくとこれがあゆかさんを知った10年前とは違い

随分と変化したなぁと思います。

 

*自分が本当はしたくなかった子供のクラブチームの

総まとめ役をするべき。子供がキャプテンだから・・・!

率先して自腹でも足りないものを寄付したりみんなの練習環境を

守るべき。

監督やコーチに労いを常に見せるべき・・・(きゃ~~~(;_:))

 

 

*長女だから学校でいじめられても親に心配かけてはいけない。

学校に行きたくないなんて言うべきではない。

常に母を助けるべき、父が仕事で不在が多かったから・・・

妹の面倒も私が出来る限り見るべき。

 

 

*自分の問題はなるべく自分の中で処理して誰かに

頼るべきではない。

自分が助けてあげるべきだけれど自分が迷惑を

他者にかけるべきではない

 

*(社会人になって)就職先が自分の父の所だったので

一番売り上げを私が挙げるべき。

率先して辛い仕事を引き受けるべき。

一番働くべき。(そうすれば認められるから)

 

などなど・・・あげればきりなく出てきます。

 

お布団を(今は乾燥機などで布団叩きは見かけない風景になりましたが)

叩けばいくらでもきりなく埃が出るぐらいに

全てが「べき」で出来ている状態の時には

物凄く自分を抑えて生きていました。(抑圧と言います)

 

 

なので・・・

怒りも実は半端なく溜めていて、ストレスまみれで

過食嘔吐、買い物依存、他者への攻撃も止まりませんでした。

→過食嘔吐歴は25年~

これはどんな精神科に行ってもカウンセリングを受けても

何を飲んでも全く良くならなかったのが

自分の内側を見つめることで本当に出なくなりました。

過食嘔吐の必要性が自分から消えました。

 

 

ただ、消えているだけでまた高いストレスを感じれば

「過食嘔吐をしたい衝動」は出てきます。

が、心の仕組みが知れた今はこのストレスを自分から

減らしてあげる事が出来るのでする必要がないのです。

 

過食嘔吐で埋める必要がなくなったのです。

 

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話がそれましたがあゆかさんのお話で・・・

*1か月間、自分の中にある「べき」を捨てて生活してみたら

どうなるか実験してみましょう~♪

 

これは何かというと例えば「会社に行きたくないけれど

行かないとお給料がもらえないから生活のためにどんなに辛くても

行くべき」

 

→実際に会社に行かなくするのではなく

会社に行くべきという思いを外してみたらそこでなにが自分の中で

出てくるかなんです。

例えば物凄く自然に「社会と繋がりたい」かもしれないし

「自分のこのスキルを活かしたい」かもしれないし

「役立っている自分を感じたい」かもしれないし・・・

 

ここに現れてくる「したい」はとてもナチュラルな衝動・・・。

 

そして本当に自分は会社に行かなくなったり時間を守らなくなったり

実際にするのかどうか・・・

ここを丁寧に身体で充分感じながら見つめてみてはいかかでしょうか?

 

 

本当に自分は「べき」を捨てたら何もしない自堕落で

人に攻撃ばかりする人になるのかどうか・・・・

それをしないと社会の中で存在できないかどうか・・・

 

遊び感覚で気軽に「本当に」試してみたらどうなるでしょう♡

 

私も「べき」が減ってから自分に優しくなりました。

まだまだ捨てていけるものは捨てて自由に軽やかに

なっていくジャーニーを歩んでいます♡

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21
4月
2018

自分をより良くしたいと感じている時

おはようございます♪

今日はなんて爽やかな朝…

これは昨日の早朝の公園…

歩きながら木々の風で揺れる音…

小鳥たちのさえずり…

流れる湧き水の音…

 

充分に感じながら

これら全てがただ起こっていて

自然にそれらは変化して

起こしている実体のないもの…

 

うわぁ、本当?

起こしている実体があるように感じているのは誰?どこにいる?

 

歩きながら感じながらただ観察していきます。

 

こんな時間を堪能してから仕事に入るパターンが多いですが、わたしを含め、セッションにいらっしゃる方々の多くが抱えるものの一つに

 

「◯◯になれれば…」

「△△があれば…」

「これさえわかることが掴めたら…」

 

私もいつもあります。

持っています。

 

今の自分ではないある意味

自分の理想の姿を常に自我は求めていて

本気で悩んだり、健気に追い続けています。

 

なのでどうしても

「どうしたらいい?」

「何を与えたら?わかったらいいの?」

→そうすれば大丈夫だ、安全だ

 

あまりにもそれが渇望していたりすると

くれない相手や状況に対して怒りや恨み

責めたくなる気持ちも当然出てきます。

→私も出てきます♡笑

 

これが悪いとか間違っているとか

直しましょうとか言う話ではなく

いつも感じるのは…

 

怒るぐらいにそれがないとダメなんだね…

それがない自分を本気でダメになっちゃうと信じているから何が何でも自分に与えたいんだね…

 

もう、どの姿さえも愛しさでしかなく

健気さしかなく…

自分への愛の深さに涙が出ます…

 

本当はこんなにも自分を愛していたんだ…

 

なんて優しさなのでしょうね。

 

優しさからどれだけ抵抗しても

外に行けない仕組みに降参してみると

究極の安心や静けさの中での可愛いあがきに

また涙が出ます♡

 

さて、今週からHRAのOADセラピスト養成講座がスタートします

アシスタントで出来るだけ参加しながら

一緒に私自身も癒しを楽しんでいきます♡

 

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24
3月
2018

どうしてそんなに怒っているの?

おはようございます♪

今日は久々に快晴の朝・・・

 

最近休んでいた(サボっていた!)散歩を

意図的に頑張って続けるようになると

体中の細胞が喜んでいるような気がします。

 

(基本重度の花粉症だったですが)マスクしながら

深呼吸すると、木々の命や暖かな太陽の光も

平等に優しいなぁと感じます。

 

*最近の花粉症を支えてくれている

マリエン薬局グッズ達

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最近、同じようなテーマで自分もセッションを受けたり

クライアントさんも来ることが多いのですが

一つの自分の体験を書いてみます。

 

ずっと好きだった、安心できる人がいました。

気が合ってより深い話もお互いにして

気ごころの知れた仲だと

思っていました。

 

何か困ったことや相談事があれば何でも話せて

お互いに助け合っていると思っていたのですが

この時にはお互いに「尊重」があったように感じていました。

 

「親しき中にも礼儀あり」

 

この言葉とても好きです。

お互いに尊重や礼儀が薄れていきすぎると

色々な違和感を感じていくことが多かったからです。

 

私は何故この言葉が好きなんだろうと、こだわるんだろうと

心の内側を見つめてみると

相手から礼儀が無くなったと、感じるときに怒りが出てくるパターンが見つかりました。

 

例えば・・・

いくら親しいからと言って、自分の大切なものを

軽んじられたり・・・

プライベートな部分を興味本位で判断されたり・・・

自分を大切に尊重されないと感じると・・・

 

どうして怒りが出てくるのか・・・

表面上では「当たり前」と思いがちですがその内側は・・・

 

 

私はとても優しくしたい気持ちがベースにあるのですが

相手に「優しくできない」時に

「何で優しい私でいさせてくれないの?あなたのせいだ!」と

相手を責めていました。

 

あぁ、そうだったんだね・・・

分かるよ・・・

ずっと優しい私と優しくしたいあなたの関係でいたかったのに

相手が自分のなりたい姿にならせてくれないって怒っていたんだね。

 

私はAさんにずっと優しくしたくて仕方がなかったのです。

 

自分がしたいことが出来ていなかったから

怒りが出てきていたことが分かって

そんな自分に一番してあげたいことが

 

「この優しくできなくて怒っている自分」に優しくすること。

 

とても愛しい自分の悩める姿に愛を感じ

怒っていたら怒っているほど優しくしてあげたくなりました。

 

EFTのセットアップフレーズに

「私は私を深く愛し受け入れます」というのがあるのですが

まさしくこれです。

 

必ず理由や訳があるものです。

 

抑えられていた見えなかった声を拾うことって

本当にほっとします♡

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03
3月
2018

出産にこだわりを持ってしまう時

おはようございます♪

もう、本当に随分春めいています・・

朝の空気、日差しの温かさ・・・

世の中の空気・・・

 

デパートなどでもお雛様のものなど並んでいますし

今日は3月3日♪

 

子供の頃はお雛様を飾ってもらい、甘酒を飲んで

ひなあられや菱餅を食べましたね・・・。

母がハマグリのお澄ましやちらし寿司を作り

ひなパーティーをしたものです・・・

 

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ある女性がとても出産にこだわりを持っていました。

その方は恋愛経験もそこそこあり

見た目も美しく、頭脳明晰。

大きな企業の役職に就き部下も沢山います。

 

 

周りから見ると「結婚していない」ことは確かですが

それなりに幸せそうに見えています。

が・・・

実は彼女には大きな悩みがあったのです・・・

 

「私には子供がいない」

 

物凄く彼女にとって大きな「欠如感」で毎日どうやって

妊娠して子供を産むか、卵子を凍結させてみようかとか

婚活にとてもエネルギーを注ぎ、結婚=子供を作ることに

なってしまっていました。

 

自分が親に無償の愛を注いでもらったから

私も無償の愛を注げる子供が欲しい・・・

 

でも、誰の子供でも良いわけでもなくひたすらお見合いの

マッチングサイトやデートを重ねています・・・

 

彼女の心の中に何が起こっているのでしょうか・・・?

 

 

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小さなころから自分は人と関わることが下手だと思っていました・・・

本当は沢山の友達の中で遊びたいのに

家の中でお絵かきをしています・・・

 

「私、こっちのほうが好きなの」

 

子供の私なのに「寂しさをまぎらわずために

誰かといることは空虚だから」と何の意味もないと

決めて一人でいる私・・・

 

良くその子の話を聞いてみると

「一人の人と深くつながれることが意味がある」

「沢山の人と意味なくつながるのは空虚」という

彼女の中の決めていることが見えてきました。

 

 

沢山の人と繋がることが空虚だという思いは過去の

彼女の経験から来ているものでした。

なので一人の人と深くつながることに

大きなもっともな意味を見出す必要があったのです。

 

 

本当はどうしたい・・・?

 

「人の中に入って豊かな人生を味わいたい・・・」

これが凄く欲しかった・・・

沢山の人ととるコミュニケーションが分からなかった・・・

 

本当の彼女の声は「大勢の人と何かを共有したり

共感しあう事を沢山経験したい」でした。

 

人と繋がりたい・・・

 

そうですよね・・・

本当は一人でいるほうがいいという姿ではなく

人と繋がって共感を持っている自分がナチュラルなこの方

本来の姿でした。

 

両親には感謝しているけれど、無償の愛がもっと欲しい

私の寂しさに気づいてほしいと本当は

思っていたことも見えてきました。

 

私が無償の愛を与えたいのではなく欲しかった・・・!

 

表面上の意識で思っていることと潜在意識で抱えている

自分が気づかない意識で思っていることはこんなにも

違っていて、この声に気づいてあげる事は

自分を理解して包んでケアして尊重して労う事・・。

 

自分の本当の声を見つけるコツは

「〇〇だからこれでいいの!」と言っている時に

モヤモヤ感が全くなければいいのですが

うっすらとざわついていたり、モヤモヤしているとき

 

この時に頑張ってその姿でいる自分を少し横に置いてみましょう。

 

その下に居る自分はどんな姿でそこにずっといましたか・・・?

もう、結婚や子供にこだわる彼女はそこに居なくて

それが表面上のこだわりだったことを気づきました。

 

「本当に聞いてもらいたいことは何?」

深いところに居る自分と対話するって大切です。

 

 

ここからが始まりです♡

 

 

 

 

 

 

 

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