RFT

03
9月
2018

相手が無意識で小さく見えている時

こんばんは☆彡
今日は珍しく夜の投稿です。

 

どうも明日あたりは台風の影響で風も強そうです。

台風・・大きな被害がないと良いのですが。。

 

=======

 

自分の目の前の人、少し離れたところに居る人

全然関係のない人・・・

これは自分と相手との距離ですが

 

この距離とは実際に何メートル離れているかという意味ではなく

どのぐらい自分との関係が濃いか、薄いか、

深いか、浅いのか・・・

違う言い方をすれば影響があるのかのないのか、どうかです・・・

 

全部「自分」との関係です。

 

その相手が自分との距離が近いとしましょう。

例えば子供だったり、パートナーだったり

親、家族・・・親友・・・尊敬している人、または尊敬したい人・・・

 

「自分にとって」大切であればあるほど

その相手は自分に大きな影響がありますよね。

 

そんな相手が窮地に陥っていたとします。

とても困っていて悩んでいるように感じます。

代わりに自分がそれをしてあげたくても代わりが出来ずに

どうやって助けてあげられるかで頭が一杯だとしましょう。

 

私自身がそうでしたが100%相手がその問題を

解決できない・・・とか潰れてしまうだろうと感じていました。

そしてこれを救ってあげられるのは、支えてあげられるのは

自分しかいない・・・

 

そして相手は本当にそれが出来ない人に

「自分からは見えて」いました。

 

こんな時はもう、自分がどうにかするしかないのモードに

スイッチが入るのは当たり前。

しかもかけがえのない大切な唯一無二の存在であればあるほど

この傾向が強くなりませんか?

 

 

 

 

私が彼を助けてあげないと駄目になってしまう・・・

可哀そう・・・見てられない・・・

ここを私がどうにかしないと娘が、息子が生きていけないんだ・・・

そんなあの子を助けられないのが苦しい・・・

もう、見たくない・・・

いや、でも気になる・・・

 

など頭の中はぐるぐるです。

完全に振り回されてしまっている状態です。

 

相手を力のない存在と見えている時ほど

自分の中でどうにかしなきゃが強まっていますよね。

 

でも本当はどうなんでしょうね・・・

本当にその相手はダメな弱い存在でしょうか?

 

そう見えている時」の自分の中のココロの声を

まずは聞いてあげましょう。

 

自分が助けなかったら相手はどうなる?(と思っているの?)

このままだと相手はどんな風になっていく?(と感じているの?)

私はどうするべき?(と思っているの?)

それは何故?

 

 

ここの声が出てきてそこにある感覚、感情を

まずは見つけてあげましょう。

 

そしてそう感じるしかなかった

そうとしか見えなかった自分のすべてを

まずは分かってあげましょう。

自分への理解です。

自分への寄り添いです。

自分への愛情です。

 

ここを十分に汲んであげたうえで改めて

相手を静かに見つめてみましょう。

 

どうでしょうか?

そこまで相手は無力な弱い存在でしょうか?

 

相手の力を信じてあげながら、同じ助けをするのと

弱い人と信じ切って助けるのでは

実際に同じことをサポートしていても全く

エネルギーが違うのはきっと相手も感じます。

 

もし、サポートしながらも、相手の力を本当に信じてあげながら

近くで支えたり、見守るって素敵ですよね。

 

一杯助けてあげましょう。

一杯支えてあげましょう・・・

 

相手は大丈夫だと信じながら・・・

 


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30
8月
2018

もう、本当は無理だ・・・

おはようございます♪

今朝も良いお天気・・・

洗濯物は2時間ぐらいでどんどん乾いてしまいますね。

 

さて、セッション通じ、自分の毎日を振り返って

実は「本当はもう無理・・・」と感じていること

ありませんか・・・?

 

それがどの程度の「しなければいけない」事なのか

それがどの程度の「守らなければいけない」事なのか・・・

 

それによって体感的に感じるものもそれぞれでしょうが

「本当はもう無理・・・」という気持ちさえ、抑えていて

逆に「無理だって思うなんて甘えている」とか

「みんな頑張っているのに」とか

 

「普通、大人ならば、母親ならば、父親ならば

〇〇ならば・・・」と自分の社会での、家庭内での

役割を理由に絶対感じてはいけない・・・と無意識で思っているか・・・

 

本当に私たちのココロの中は複雑です・・・

 

例えば過去の私は離婚をしたのでその子供を

「立派」に「普通の子」として育てることは

義務、当たり前、当然なので

自分の中での「普通の子」=「両親が揃っている子」の姿を

自分特有のイメージでで無意識に目標としてしまい

それの合っていない…という現象が現れる度に、自分を実は

激しく責めていました・・・

 

両親揃っている子は「こういう反応をする」とか

両親揃っている子なら「今こんなことは言わない」とか・・・

自分の中の勝手なイメージを正しい姿にして

それにマッチしない目の前の我が子を見ると

「自分の不甲斐なさ」だと100%決めて自分を

無意識に攻撃していました。

 

または「こんな私の苦労を分かってくれないあなたが悪い」と

相手を責めてみることで、どうにかして苦しみの

逃げ場を毎日探していました。

 

親に対しても「離婚した娘の親」という足かせと迷惑を

私は掛けている親不孝な存在なので

→全部自分の中で勝手に出てきてしまうイメージ

 

相当、親に何かをしてこの汚名を挽回しなきゃと

頑張ることを続けていて、それに勝手に息切れして

疲れていたり・・・

 

全部自分の感じていることやそう見えていることは

事実では全くないのですが

自分の中での「絶対真実」としてあるのです。

 

何がこうさせているのでしょう・・・

何がこの苦しみを産んでいるのでしょう・・・

何がこう見せているのでしょう・・・

この勝手なイメージはどこから来るのでしょう・・・

 

 

これを起こしているのは自分の中のココロの仕組み・・・。

で、見つめていきたいのはこの仕組みが悪いのではなく

何故その仕組みが出来ているのかです。

 

訳があって、理由があってその仕組みの中で生きることが

無意識に正しさと思っていたから続けているのです。

 

よ~く見つめてみると、ここに悪者は誰もいません。

 

分かってあげたいのです・・・

理解してあげたいのです・・・

悪者が必要でそれがないと立っていられなかった私を・・・

 

ただそれだけで・・・浮かばれる。

 

緩まる・・・溶けていく・・・赦せるし、愛せるんです・・

 

不思議ですね。

 

そして愛の中での全てが美しい動きでしかなくて

命の輝きでしかないのです。

 

美しさから一歩も出たことがなかった安堵・・。

ここを感じたくて自分を見つめ続けるのかもしれません。

 

*全ての始まりはこころの仕組みを学ぶことでスタートしました。

溝口あゆかさんの「インテグレイテッド心理学」が本当に

私を支えて救ってくれました。

今年もまた2日間の基礎講座を開こうかなと思います。

私も10年以上学び続けていますが

ココロへの興味が全くなくなる日までずっと

知りたい気持ちは消えないでしょうね♡笑

 


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28
8月
2018

自分の中の怖さ、どのぐらい?

おはようございます♪

昨夜の我が家のエリアはニュースにもなったのですが

凄い落雷と雨・・・

映画みたいだった~・・・

地響きするぐらいと周りが明るくなるような

雷・・・

 

今住んでいるマンションは

一度でも、短時間でも雨が降ると

見事に窓が汚れます…(*´-`)

 

風の向きも影響あるのですがマンションの構造上、

どうしても雨風を打ち付けやすく

 

先日も磨いた2日後に見事にやられました。

なので、今日はちょっと様子見ます…笑

 

******

 

最近、薄ぼんやりとですがそれでも確実に

前と変わってきたなぁと思う事。

それは意識上か、無意識上か別として

「自分の中の恐れ」について。

 

見せたくなくて隠していたものや、

感じたくなかったものや

見つかったら絶対に不利になるから

去勢を張らないとまずいものが

以前よりは減ってきたなぁと言う事・・・。

→これらは「感じたくない」ものなので

通常では顕在意識上には上がりにくいです。

 

例えば…

 

絶対に前ならば自分の失敗したこと

恥ずかしい経験

教えたくない惨めな側面

自分がヘタレな部分

卑怯だと感じる行為

自分のズルさ

怠け者の部分

 

などなど自分が

人様から、自分自身から隠したいと思っていたところは

それを露呈してしまったら

バッチリ気づいてしまったら

マズイ、怖いと言うところ。

 

そうです。

自分の中の怖さです。

 

本当にまずいんです…バレてしまったら。

本当に怖いんです…感じるのが。

そんな私で居たくないんです・・・

そんな私になりたくないんです・・・

 

だから一生懸命、無意識に隠していました。

だから一生懸命、そうじゃないアピールを自分自身のため、

他者に見せるため無意識に頑張っていました。

 

もちろん、今もいっぱいありすぎて

書ききれませんが(無意識も含まれるので

よーく、正直に自分のことをひたすら観察すると…

あるものはあるんです…笑

 

例えば、今、たまたまこの仕事、心理セラピストとしてblogを書いているとしたら

できるだけ成功例やこんな風にクライアントさんが良くなりましたと

書いていたとしましょう。

 

同じように書いていてもその心の中では無意識に走っている

支えているエネルギーはこうです。

 

怖さを持っている私

→私は出来る、結果を出せるセラピストでないと

クライアントさんに信用されない。だから

こんな風に出来る自分を表現しなきゃ。

成功例をこんなに持っていることを知って貰わないと(怖い)

 

怖さが減っている私

→こういった例もあるけれど、もし上手く行かなかった

人の例を書いたとしても、逆にクライアントさんが安心できる。

セッションはこういうものでもあるし、それが決して悪い事ではない。

こういったやり取りを重ねて信頼関係を築いて

確実に安定していくのが

正直で心地よい♪

 

 

上記は一例ですが同じような文章を書いていても

それを支えているエネルギー自体が全然違うのと

毎日生きていて感じる軽さやラクな感覚が違っています。

 

 

勿論怖さがゼロになるという事はないですし

まだまだいっぱい世の中に怖いなぁと思うものは

あります。

 

でもダメな部分に対して隠さなくても大丈夫感が増えてくることで

自分の在り方自体の変化を感じています。

 

例えば「人から嫌われるのが怖い」を強く持っている時は

毎日顔を合わすマンションの管理人さんや

ごみ置き場で朝の挨拶をする人と

挨拶のタイミングがずれただけで

「あれ?私なにかあ嫌われている?」とか

「気に障ることしたのかな」とか

 

いつも向こうから挨拶してくれている人と

目が合わないだけでもなんだかぼんやりと不安感や

モヤモヤを感じていました。

 

会社でも毎日挨拶を欠かさずしている人と

視線が合ったのに一瞬挨拶をずらされたとすると

なんかあれ・・?って色々なネガティブな思考が

走っていました。

 

もう、全身でいつも「嫌われないような自分」でいないと

不安だったのです。

→無意識で・・・

 

それが自分の中から不安が減ると

「あれ、どうしたんだろう・・(以上)」

「なんか家であったのかな?(以上)」

 

自分に関して「機嫌が悪いんだ」という解釈が本当に

見事に減り、次回会ったときに自分から

気持ちの良い挨拶が自然に出来ていたり

気になり度が各段に自然に減っているのでラクなんです。

 

「怖さ」が減ると様々な解釈の変化が生活の中で自然に表れて

自分の反応が変化しているのが分かります。

 

こんな風に自分の中の「怖さ」を見てみる事

どんな種類の「怖さ」があるのか知ること

どうなることへの「怖さ」があるのかなどを

自分が知ることが自分への理解につながるので

これらすべてが結局は自分への愛情そのもの。

 

心の無意識の部分に沢山入っているこれらの

自分では気づきにくいところにアクセスし続ける事・・・

 

引き続き私も「私の特有の怖さ」を

観察し続けて自分への愛情を増やし続けていきます♪

 

 


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26
8月
2018

自分の中にある「べき」

おはようございます♪

今朝はすこぶる快晴~

とも言えますが、また猛暑がぶり返してきましたね。

 

今朝は日曜日ですがどんな休日をお過ごしでしょうか?

 

この仕事になってからというもの全く曜日の感覚がなくなり

休日、平日の区別もなくなり、「毎日」がある感じですが

雇用されていた時の私には今と随分違った感覚だなぁと

感じるこの頃です・・・

 

というのも

以前は日曜日と祭日のお休みがメインだったのですが

(土曜日は出勤)本当に時間が足りなくて

更に「休んではいけない」という無意識の衝動が

私の中の自分で気が付けない潜在意識に「でーん」とあったので

物凄い沢山の「〇〇するべき」とか

「こうあるべき」とか

そんな中で生きていました・・・。

 

 

身体のどこを切っても「べき」で出来ているような

金太郎飴のような私はどんな生活を送っていたかと言いますと・・

 

今では笑い話ですが

平日にスーパーに行って、そこに居る人々の事を

普通に買い物している人を見て

「暇な人だなぁ」とか

「よく平日、こんなにゆっくりと買い物していて平気なの?」とか

「私はあなた達みたいに優雅ではない」とか

物凄い「ゆっくりできない自分」に実は無意識に怒りを持っていたのに

気づかずに、勝手に相手にぶつけていました。

 

 

ただ、平日にスーパーに居る人にですよ!笑

 

もしくは平日に昼間、美容院に行ける人にですよ!笑

 

もしくは昼間の時間に自由に病院へ行ける人・・・

 

電車に乗っている人を見ても「あぁ、優雅ね~」と勝手に

相手になんか不満を持っていました。

 

「あなたと比べてわたしは平日昼間は絶対に休めないの」

 

平日昼間の人は「休んでいる人」「さぼっている人」もしくは

「怠けている人」もしくは「働かなくても生活できる人」に

勝手に見えていました。

 

休日に働いている人もいるかもしれないし

平日昼間のスーパーやデパートに居る人だって

たまたまその時にいたかもしれないし

相手の事情など分からないのに・・・です。

→ぎゃ~、ごめんなさい~~(;_:)

 

フリーのこの仕事を始めたときに

ゆっくりと買い物ができる、しかも昼間・・・!

このことで物凄く感動した自分がいました。笑

 

自分の中の「抑えている、我慢している」無意識のエネルギーは

こんな風に自動的に気づかない形で自然に表れます。

そしてしかも自分の考えや意見が「もっともだ」とも

思っています・・・笑

 

日常の中でもし、何かちょっとしたモヤモヤがあったら

大きな明らかな腹立たしいことがあったら

自分の中に聞いてみましょう。

 

「本当は相手や状況はどうするべき?どうあるべき?」

 

きっと沢山の理由を自分の中から聞くことになるでしょう。

 

この時に自分が今までに「正しいと思って頑張ってきた」

無意識に努力して続けてきていた、当たり前と思って受け入れてきた

私自身を思いっきり労いませんか・・・?

 

「良く頑張ってきたね・・・」

「本当はくじけそうだったけど、続けなければ

ダメだって思っていたんだよね」

「自分がやってきたことは絶対に正しいんだ」と思わなかったら

やってこれなかったね・・・

 

「偉かったね・・・」

 

だから相手を、状況を責めたくなって当たり前だったよね・・・

 

まずは自分が自分を「分かってあげましょう」

「理解してあげましょう」

 

本当に心から・・・・

 

私も自分自身を分かってあげる事、理解してあげる事を

続けていくことで、自分を好きになれたり

自分に優しく「初めて」なれました。

 

「自分に優しくするべきではない」があったので

そんな事をしたら自分が怠けてしまうとか

生活が堕落するとか感じてとてもじゃないけれど

出来なかったのですが・・・

 

どうして?なんでしたらダメなの?

 

自分の中の聞いてこなかった声を拾い始めると

本当にそれをするしかなかった自分の姿が見えてきました。

 

ここが分かって受け入れてあげる事で初めて少しづつ

自分に優しくなれてきました・・・笑

→雷に打たれたように一度には変化しなかったです♪笑

でも確実に変わりました。

今もまだまだ足りないなぁと思いますから

もっともっと自分を好きになれるといいなぁ・・・♡

 

いやいや・・・

私たちは本当に複雑で、繊細でそして

思いのほか深い思いを持っている存在ですね・・・

私は本当にそんな「人間」が大好き♡

 

その人の存在そのものが大好きです。

 


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25
8月
2018

「そうだったんだね・・・」

おはようございます♪

昨日はとんでもない強い風と雨が一時的でしたが

窓に打ち付けるような台風の影響のお天気でしたね。

 

今朝の東京は快晴♪

大物洗いでもすぐに乾きそうです~

 

皆様の所はいかがお過ごしでしょうか?

 

たまたま昨日もSkypeやzoomのセッションが続き

対面でなかったので良かったなぁと思います。

今は本当に便利な世の中ですよね。

 

実際に身体をここまで運ばなくても対面と全く同じように

セッションが行えるなんて、20年前に想像もつきませんでした。

 

======

 

セッション通じ、自分の自己ワーク通じ、本当にびっくりするような

自分の中に隠れていた、日の目を見なかった

光が当たっていなかった思いや感情が出てくるのです・・・。

 

頭の中で洪水の様に流れてくる思いや感情は

誰かのアドバイスや賢者の言葉で一時的な平安は得られますが

また何か刺激があれば簡単に崩れて

同じパターンの苦しみがやってきます。

 

私も何度となく同じパターンからどうしても抜けられずに

同じテーマを何度もワークしたのは

本当に「底の底にあった気持ちや感情」を

自分が見えてあげられなかったからだなぁと

毎回感じます。

 

 

そしてそれが見つかったときには

本当に今まで「自分が自分の真の苦しみ」に

気づかずに分かってあげられなかったこと・・・

そして今までよく一人でそれを孤独に抱えて

耐えていた「私自身に」抱きしめて共感したい気持ちに

なります・・・

 

あるケースでは(私のではなかったのですが)

相手からの「好き」「愛している」「大切に思っている」という

言葉自体がどうしても自分の中にしっかりとした重さとして

響いてこない・・・

これさえ響いたら今の不安感や見捨てられ感は無くなるのに・・・

 

 

そんな思いの苦しみでした。

 

相手がパートナーの場合もあるでしょうし

信頼している上司の時もあるでしょう。

尊敬している師匠や、全知全能の神の言葉かもしれません。

 

相手が「絶対に嘘じゃない」「本当にあなたを必要としている」

100万回伝えてくれても顕在意識上では本当だと分かっていても

相手の真剣な表情や声からも嘘ではないとは感じているのですが

何故ご本人に響かないのでしょうか・・・

 

ここの声をよ~く聴いていってあげると出てきたのは

「この声を受け取って響かせた瞬間に

次からはいつ捨てられてしまうのかという恐怖に耐えなければいけない」

 

こんな絶叫が聞こえてきました・・・

 

響かない辛さよりもいつ捨てられるのかの怖さの方が

どちらも辛いけれどもっと耐えがたいの・・・

 

そんな声が聞こえてきまた・・・

 

そして更にその奥には相手が好意を伝えてくれても

一方的にそれではダメで何を真に求めていたかといえば

相手が自分を自分と同じぐらいに頼ってくれている確信と

証拠がないとダメなの・・・

 

この両方が揃わない限りはこの方の真の安心感、安定が

得られない・・・

そんな本当に苦しんでいる姿を見せてくれました。

 

「知らなかったよ・・・」

「そんな隠れていた私の声がそこに在ったんだ・・・」

「何故それを今まで出せなかったのかが分かったよ」

「そうだったんだね・・」

 

いつでも待っているのは切なる私の本当の声。

 

なんて純粋でなんて隠し事のない美しい声なんでしょうか・・・

 

身体から感じる本当の声を聞いた時の沸き上がるものを

今日も探していきたいと思います。

 

そこに広がる真の安心感・・・

そこに実はずっと持っていた平和・・・

 

最初からこの生命の自然の動き、営みの中で

永遠に続く美しいもの・・・・

 

どの声も美しすぎて、声の持ち主に対しての愛が溢れ

全体の仕組みに感嘆し、その時の涙は安堵の涙です♡

 


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17
8月
2018

自分を理解する真の寄り添い

おはようございます♪

今朝は少し涼しい!

嬉しい!

冷房を使わない外気に触れて気持ちがよい幸せ!

 

朝の短い時間かもしれませんが自然の配慮に感謝しつつ

このブログを書いています・・・

 

自分を含め、セッションでも私たちは「無意識に」

自分の気持ちに蓋をします。

 

無意識なので本当にいつ、どんな蓋をしてたかなんて全く

分からないでしょう・・・

 

心理学の言葉では「抑圧」なんていいますが

この「抑圧」って本当にある意味素晴らしい産物だと思うのです。

 

大抵セッションでは「抑圧」してしまったものを見つけて

その下にずっとあった日の目を見なかった「思いや感情」を

見つけてその声を聞いていくことをしていますが・・・

 

この「抑圧さん」側にも実は深い深い声があったっりします・・・

 

過去にこんな例もありました。

その方のお父さんはとても優しくて、一杯働いて

その子自身の大好きな存在だったようです。

そして同時にこの父親から守って貰えている限りは

絶対に大丈夫な感覚・・・

父親に愛されていれば、必ず大丈夫な感覚・・・

 

ここに「どんな私でも」というものはなく

「いい子の私」「気に入られている私」「役立っている私」

「自慢できるような私」なら・・・というのも同時に刷り込んでいました。

だから同時にこの子は「ちゃんとやらなきゃ」も持っています。

 

 

というのも母親が自分の夫に対して全く同じ感覚だったので

当然子供にもそれは刷り込まれますよね?

 

「お父さんが居るから私たちはこうやって食べていけるのよ」

「お父さんが居るからこうして守られて生きていけるのよ」

 

母親の信じている世界観をそのまま子供が受けとりますよね。

 

ある日、父親が持ち帰ってきた珍しい海外のお土産が

机に並んでいました。

勿論、わぁ~っと子供はテーブルに集まりニコニコ眺めて

あれが欲しい、これが良いなと言っています。

 

ところが次の朝、母親に「あなた、お土産ひとつ盗ったでしょ。

お父さんが言っていたよ。早く出しなさい」

 

自分が尊敬して大好きな父親に「盗った人」と間違ったレッテルを

貼られたその子は傷ついてしましました・・・

 

「あの父がまさか、自分を間違えるなんて」

 

100%信じていた父親への信頼が崩れそうになった時に

出てきたのは「否定しない自分」でした。

 

酷く母親に叱られてお尻を叩かれている時も・・・

自分が盗人と決められた感覚も・・・

間違われたショックも・・・

母親も父親の言葉をすっかり信じ込んで自分に決めつけてくることも・・・

 

「悲しさ」「悔しさ」「怒り」などもあったものの・・・

「一番感じたくなかった感情は何?」

 

その子が言っていたのは「失望感」でした。

もし、父親に対して信頼を失い失望感を感じてしまったら・・・

自分の大切な安心をすべて失う・・・

愛する存在を失う・・・

尊敬し続けることが出来ない悲しみ・・・

 

「これを失うよりも黙って自分の濡れ衣を掛けられていたほうが

良かったの・・・

お父さんを愛せない私でいるよりはずっとましだから・・」

 

こんな健気な声が出てきたときには思わずその子に駆け寄って

本当にそうだよね・・・

これだけはどんなことがあったとしても守りたかったよね・・・

父に失望する感覚だけは感じたくなかったんだね・・・

愛を失いたくなかったんだね・・・

 

 

この子の「父親に対する愛」に駆け寄りハグして

ただただすべてを理解してあげたい気持ちが出てきました。

 

お尻を叩かれる姿は「父への愛の姿」そのものでした。

 

自分の名誉や尊厳よりも、父への愛がこんなに深いその子を

こころから慈しみ、心から「私が愛している」と感じたときに

全てが溶けていくような深い感動がありました。

全てに赦しのエネルギーがいきわたった気がしました。

 

過去の悲しい出来事や思いだしたくないシーンは

こうやってここに埋もれている声を引き出して

自分が自分を理解することで・・・

 

自分への愛情が深まる時間でもあります。

セッションは自分への愛を深めていく時間でもあるなぁと

いつも感じます。

 

今日も自分が自分を愛する時間を持てるように

自分自身も誰かも真摯に見つめていきたいと思います。

 


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13
8月
2018

自分の中の声は何と言っている?

こんにちは♪

さっきまで映画やドラマの中で見るような

ピカピカの雷が天から降ってきて

地響きと共に、凄い様相でした。

 

丁度、セッションとセッションの間だったのですが

これでは怖くて外は歩けませんよね・・・

自然の前には人間は任せるしかないのだなぁと感じていました。

 

丁度週末がHRAのカウンセラー養成講座だったのですが

「境界線」と「ビリーフ」の講座でした。

 

先ほどのセッションでも感じたのですが

本当に私たちは「ビリーフ」=「自分の中の声」通りにしか

生きられないというか、それをもとに行動や思考や感情が

生まれています。

 

 

例えば・・・

就職が上手く行かないと悩んでいる方がいて

職から離れて2年近く・・・

 

立派な経歴やそれなりの経験もあるのですが何が

就職を困難にしていたか…と言いますと

心の中の声、その方オリジナルの仕組みを紐解いていくと

「特別なポジション」でなければ人の上に立てない・・・

 

しかも300人に1人しかとらないような難関のポジションばかりを

目指していて、誰でもそこそこ入れるようなところでは

意味がない・・・

 

こんなその方オリジナルの仕組みが見えてきました。

→ここでもっと通りやすい就職を選びましょうといったアドバイスが

あまりその方をラクに出来ないことが見えてきます。

ラクではこの方は安心できないのです・・・

 

そして顕在意識ではそこ(難関ポジション)を目指しているものの

深いところではそのポジションを得られない自分なんだという

絶対に感じたくない自分の姿も出てきました・・・

 

 

また過去の幼少時代からも失敗したらもう二度とやりたいことは

やらせてもらえないといった思いや

みんなからも責められる自分像や、常にトップでいないと陰口を

言われてしまう恐怖感や・・・

親を悲しませているという罪悪感も・・・・

 

 

何故自分が就職が上手く行かないんだろう・・から

何故こんな就職を無意識に選んでいたのかが見えてきて

ご本人も納得と驚きでした。

 

これじゃ、1等の宝くじを絶対に当てなきゃだめだと

言っているようなものだなと・・・

 

何故自分が特別さを求めていたか・・・・

何故特別さが必要になっていったのか・・・

 

全てはこころの深いところ、自分では気づけない

無意識の部分にしっかりあって、ここが自分を動かしている

源になっているのです・・・

 

この求めているものが手に入らなくて叫んでいるこの声こそが

光を当てて分かって貰えた時に

その方オリジナルの深い癒しと緩みの世界が広がってきます。

 

今までも声の「文字」としては同じでも

→例えば「誰でもいいから私を分かってほしい」とか

 

この声の質や中身が同じだったことは一つもなく・・・

 

皆さんがオリジナル。

完全オーダーメイド、オートクチュールなのだと思います。

 

自分の中の見えていなかった声を自分が抱きしめて

迎え入れるときに・・・

その苦しみこそが精一杯生きている美しい証だったり、

生命の営みそのものを感じたり・・・様々ですが

 

この終わりなき「生命の営み」

本当に美しくていつも涙が自然に溢れます。

 

終わりなきに安堵や、安心を覚えてきつつ

今日も午後を丁寧に過ごしたいと思います♪

 

 

 

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08
8月
2018

「されている側」の弱い私

おはようございます♪

昨日と今日は雨でお天気は悪いのですが

気温が少し収まり、息継ぎが出来るようなそんな

2日間ですね。

 

今までが暑すぎて危険な災害レベルの暑さでしたから

もっともです☆

 

さて、今日は私を含めてですがクライアントさんの殆どが

大なり小なり持っている感覚について書いていきたいと思います。

 

ご相談のお話を聞いていると・・・

自分の立ち位置と言いますか、存在している場所と言いますか

殆どが誰かや環境や、社会や何かに「されている側」になっているのです。

 

一見、「している側」に居るようでも、そこに例えば怒りを感じているときなど

「している感」が足りなくて、こんなもんじゃすまされないとか

私はもっと傷ついたんだとか・・・

 

あなたはこれを同じように分かるべき、知るべき、罪滅ぼしを

するべき・・・などなど・・・

 

もしくは周りは私を助けるべき、理解するべきなど・・・

 

色々な形こそあれ、「されちゃっている私」または

「過去にされていた私」であることが多いですよね。

 

この思いを持っていると良くないから

「明るい力のある私へ変化しましょう」とか

どうやったら許せるでしょうね~という事を言いたいのではありません。

 

 

これらのある意味大なり小なりのみんなが経験したことがある

「される側」の私の「何故今も、これに苦しんでいるのか」の

理由と訳を聞いていってあげたいのです。

→例え普段は忘れていたとしても10年前の出来事を

思い出せるのはその時の自分の傷があるからですよね。

 

時薬・・・

時間が解決してくれるってよく親にも言われたし

先生もそう言っていたけれど・・・

本当にそこにある傷は時間で忘れようとしても

実は蓋をしているだけで「あるなぁ」と感じざるを得ません・・・

 

 

自分の中に出ている思いや感情・・・

「あの時、あの人がこんなことをしなかったら

今の私は違っていたはず」

 

「社会がもっと私を助けてくれていたら

今の私は自由に生きていたはず」

 

「やりたいことが出来ないのは

〇〇のせいだ・・・」

 

他者や環境が悪い…と感じている時の私の傷ついた声は

本当に聞いてもらえていない心の叫びであることが

多いなぁと感じます。

 

そして根本的に「される側」でデフォルトの私が強く存在していると

どうしてもそこに引っ張られてしまうのは

当たり前なんですよね・・。

 

私も自分の中の「される側の弱い私」=「被害者の可哀そうな私」を

ずっと見つめてきています。

いっぱいいますから・・・笑

永遠のテーマです♪笑

 

 

自分自身の深い声は「諦めていたり」「世の中そんなもんだ」とか

「誰もわたしのことは分かってくれない」とか

最初はそんな声ばかりなのですが・・・

 

ここをとことん「セラピーで聞き倒すこと」で

どんな声もずっと押さえつけられてきた日の目を見ることが出来なかった

痛みの声なので理解して理解して受容して受容していくと・・・

 

ある瞬間に「どわぁ~」っと溢れて出てきます・・・

もう、本当に涙が洪水の様に出て・・・

そして「これが欲しかったの(欲しかったものは様々です)・・・」

と小さい子の叫びの様に

ずっと抑えていたものが見えてきたときに・・・

 

本当の意味での赦しや、癒しや、緩みが体感できます。

 

直ぐに訪れないことも多々ありますし

無意識に楽になることへの抵抗もあったり

苦しい自分からの変化が怖くて

 

そこに触れられないことも良くあります・・・

 

私も何年もかけて同じようなテーマを

自分自身が見ているものもあります。

 

でも・・・一度これを体験したら・・・もう、本当に

それは「完璧な安堵」しかなく、常にこれしかないことを

身体全てで感じます。

 

ご自身の中にある「されている側」の私を

優しい眼差しで抱きしめてあげる経験は

自分自身の理解とこれこそが自分への愛そのものだと

 

日々のセッションや経験から感じています。

 

 

 

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02
7月
2018

自分が自分をOKできる自信とは・・?

おはようございます♪

 

本当に朝から暑い・・・

夏なんですね・・・

暑くないと野菜も育たないし、生命の生育に必要なものですが

段々と軟弱になってきたせいで、ふ~ふ~言っております(笑

 

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昨日はフジコヘミングさんのソロコンサートへ・・・

あぁ、やっぱり素敵・・・

何が素敵か・・・

 

存在そのものが、沢山の愛の経験が、

別れや喪失や・・・心の痛みや、温かさや柔らかさが・・・

音に伝わる・・・

 

ミスタッチや、年齢も85歳・・・身体だっても元気はつらつではないでしょう。

でも何がこんなに人々を惹きつけるのでしょう・・・

 

昨日の中で私の中で一番響いたのは最後から2曲目の

Rranz Lisztの「愛の夢」

もう、音から全ての愛に優しさと賛美が込められているような

そんなエネルギーが満ち満ちていました。

 

愛ってハッピーだけじゃない体験もあるでしょう・・・

残酷で冷たくて打ちひしがれたような裏切られたような

愛もあるでしょう・・・

ズルい愛や、卑怯な愛・・・

一杯色々な愛の顔があるのに、こんなに優しくて

生命のエネルギーに満ち満ちているのは何故なんだろう・・・

 

あぁ、全てあって良い・・・

 

ピアノの音色が全てを受容してくれているような気がして

本当に素晴らしかった♡

 

彼女の波乱万丈な人生や自分が自分を肯定している

強さや、逞しさがまた音に色を付けてくれている感覚・・・。

 

最近、ある方の言葉で改めて感じたことがありました。

死ぬ前にどんな風に自分に言葉を掛けたいか?

 

「ごめんね」より「ありがとう」が言いたい・・・

 

自分にありがとうって心から言えるとしたら自分を肯定していなかったら

なかなか本当の意味で言えないなぁと改めて感じました。

*すぐに日々の忙殺の中で忘れてしまう・・・

 

自分を肯定できている時ってきっと自信も自然にそこにあって

しなやかな強さと優しさで満ちている感じ。

 

そんな時はきっと周りのすべてにも自然な感謝で一杯でしょう・・・

 

同じ勉強をしている仲間の方があげていたYouTubeの中で

フジコさんが自分の演奏を「上手く弾けた」と

凄く自分自身を賛美している言葉が光っていました。

 

TVで自分の演奏を自分が自然に褒めれるってなんて凄いんだろう♪

でもそんな風に「在れたら」楽だろうなぁと・・・

 

「恐れからの自信を持つべき」ではなく「自分が自分をOKできる自信」を

本当に愛しいと感じた時間でした♡

 

でも、「恐れがあるから自信を持たなきや」も

やっぱりその内側にいる怖がっている私自身も愛しさそのもの・・・

 

素敵な一日をお過ごしください♡

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26
5月
2018

ありのままのパワー

おはようございます♪

どんな朝をお迎えでしようか・・・?

今日、明日は一般の方向けの「インテグレイテッド心理学」

アシスタントに向っています。

皆さんの「え~~、ぎゃ~、そうなんだ~、嘘~~」

目から鱗のそんな声が毎回私も改めて染み入る2日間です。

 

今朝は自分の中にあるパターン、傾向を観察しての

シェアをしていきますね。

 

私の傾向として誰かに何かをするのが好き・・・

誰かが喜ぶことが好き・・・

親切にするのが好き・・・

相手が(自分のしたことで)助かっているのを感じるのが好き・・・

 

こういった「好きの傾向」が結構多いなぁと

過去の人生振り返って感じていました。

 

で、どうして相手のために何かをするの?と自分に問えば

何度も出てくる「相手に役立っている自分」を感じられるから・・・

 

この時なんですが何故私が「役立ち感」を大切にしていたかというと

役立っている時には「優しさと温かさ」のエネルギーと

触れる時間だったから・・

 

 

今回のワークは「役立たないと見捨てられる」怖さとか

そこに「居るため」には役立たないとダメといった側面でなく

自分をある意味犠牲にすることを、人生で何故その姿を止めないのかを

見つめていくと・・・

 

犠牲を止めてしまったら

「愛や温かさや優しさと永遠にバイバイしなければいけない」

 

そんな私オリジナルの思いが見えてきました・・・・

 

このつながりだけは失いたくないと思ってずっとやめていない

私の姿が見えてきました。

 

 

では人に対する犠牲を細胞の隅々まで私から抜き切ってしまったら

どうなるんだろう・・・

ここを見ていくと端折りますが

もっと目の前の人を「ありのままの姿」として

映している私がそこに居ました。

 

幼い私は小さなころから母を可哀そう人だから私が助けたい、

力になりたいと必死で傍にいましたが

私の眼差しに映った母は「そのまんまの等身大の母」。

 

その母は決して弱くなく可哀そうでもなく強かった・・・

家族全員を見つめてみると

本当に一人一人はありのままで全く私が助ける必要がない

強さを持った存在そのもの・・・。

 

この「相手をありのままに見ている」視点で手伝ったり、

助けるのと、「弱い人」として助けるのでは雲泥の差ですね。

 

そしてじゃあ、愛や温かさや優しさは私の中から抜けてしまったのかといえば

相手の中に強さを見つけられている私そのものが

「優しさと温かさ」で満タンなんです・・・♡

 

いかにありのままを見ていないか・・・を再認識。

ありのままでない時はとてもつらくて苦しい自分・・・。

そのものが見えている自分は平和そのもの・・・♡

 

 

きっと相変わらず何かを誰かにしたい気持ちは存在しますが

衝動の根本が違うエネルギーとしてそこに在るときは

表面的には同じ行動でも中身が違う軽やかなエネルギー。

 

 

自分の中の「私はこんな人なんだ」というセルフイメージがあったら

是非見つめてみましょう。

 

どうしてそう感じたの?

どうしてそれをしたの?

しなかったらどうなる?

何を分かって欲しかったの?

相手や状況をどんな風に見ている?

 

*これらは全てが「ありのまま」ではなく自分の解釈の目で

見たり感じたり判断しています。

これが悪いとかいけない事ではなく「そう感じている自分」を

心から理解し、受け入れる、許すことに繋がっていきます。

 

自由さ、軽やかさって自分が作れる・・・!

 

素敵な一日を♡

 

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