RFT

11
2月
2017

『私には証明するものが何もない』

 

おはようございます♪

今朝はまた10回継続のご感想をいただいたので

それを掲載したいと思います♪

この方は色々な勉強を積まれ、ある程度ご自分の

仕組みやエネルギーも掴んでいる方でしたが

毎回とても気づきのある時間を持つことが出来ました。

 

ご自分からの提案で創作セッションをしたり

「癒しには無限の形がある」と感じさせていただいた

クライアントさんでした♥

 

長年のビリーフもこんな風に変化する例として

お読みいただければと思います。

 

女性、セラピストさんであり、

ご自身を見つめるパッション溢れる方です。

 

 

*長文なのですが短くするのが勿体なくて全文載せています。

詳細な投影の変化が(解釈の変化)見えてきますよね♪

お時間あるときにどうぞ♪

 

============

 

【1】前回から今回のセッションまでの気づきは何かありましたか?

 

鉄板ビリーフの「私はバカ」から派生する、思いを見て頂きました。

私の中で漠然としていたセルフイメージがますみさんの的確な導きで

ハッキリと絵として浮かび上がりました。

自分が見ている世界の構図、そこにいる自分は空っぽで何もない。

そしてそれがばれることの惨めさ恥ずかしさ。

それを感じ切った後では、自らすすんで低い位置にいることを選んでいたということも

しっかりとわかりました。あ~私は、こんな風に世の中を見ていたんだ。

しっかりと感じる事が出来、いろんなことに抵抗がなくなってきました。

 

 

【2】今回のセッションを始める際に気になっていた事は何でしたか?

幾つでもお書きください♪

 

私の鉄板ビリーフの中でしっかりと生きているのが

『私には証明するものが何もない』です。

このビリーフは、ずっと取り組んできたもので、

普通に生活するうえではかなり楽にはなっているのですが、

まだまだいたるところで顔を出しています。

10回コースの最後となるセッションは、これをテーマにお願いしようと思いました。

 

 

【3】上記で上げていただいたテーマについてセッションを通じて気付いたこと、

感じた事、学んだ事があればご自由にお書きください♪

 

『証明するものが何もない』これは私にとってかなり頑固な思いです。

例えば学歴や資格、何かスペシャルなものがあれば安心していられるけれど、

それがない(または証明できない)私はダメなのです。

私にとっての証明するものとは、自分の存在価値を証明する安心材料でした。

私が証明する必要があるのは、高い層の人たちです。

低い層の所ではそれがなくても安心できる。でもそこは私のいる場所ではない気がしています。

高い層にいる私は、自分に証明書がないことがばれないように

細心の注意を払い緊張しながらそこにいました。

そして、証明するものが何もない!とばれた時の私は、

隅っこで誰にも見られないように小さく小さく丸くなって震えています

(ますみさんの問いかけは本当に的確でさらさらとセルフイメージが出来上がってきます!)

エコーはその震えている私です。

その自分の思いを受容続けると、さっきまで、震えていた私が、

脱力感からその場で大の字になって寝そべりながら(エコーも起き上がれない)上を向くと、

『な~にそんなこと気にしていたの~?』と仲間たちが優しいまなざしで微笑んでくれていました。

『自分を必死に証明しよう!そうでなければ、見放されてしまう。(緊張)』

その思いがバカバカしいと思えるくらい、

今まで溜め込んできたエネルギーが解けるように体中の力が抜け、

起きていられないほどの脱力感を感じました。

 

私に微笑みかけてくれている人の顔が次々と浮かび、

それは今の仲間からだんだんと昔の仲間に変わってきました。

どの顔もみな優しい眼差し…と、思い…ふとそこに浮かんだAちゃんの顔をみた瞬間、

体が硬く緊張するのを感じました。(Aちゃんに認めてもらえないかも!)

Aちゃんは、文武両道の優等生で、私にないモノをすべて持っている憧れの人でした。

 

ふとしたことでAちゃんと仲良くなれた私ですが、Aちゃんと二人の時はいつも緊張していました。

自分のバカがばれたら…バカにされ見放されてしまうと思ったのです。

憧れのAちゃんと一緒にいられる!Aちゃんが私の事を好きでいてくれているのが嬉しくて!

嬉しければ嬉しいほど、怖さも倍増します。バカがばれたらどうしよう。

本当の私は、何もないから。

 

でも、セッションでAちゃんの位置に立ち彼女の目から私を見た時、驚きの姿が見えました。

優等生すぎる自分に一線を引いている他のみんなとは違い、

唯一自分の事を仲間として見てくれる、ナチュラルな『私』の事が大好きだったのです。

Aちゃんは、私に頭のよさやスペシャルな才能なんて全く求めていませんでした。

素のままの私をちゃんと見てくれていたのです。

 

【素の私は、面白くて、とっても魅力がある!】そして、私もそのことを本当は、

心のどこかで知っていたことを思い出しました。

知っていたが故にそれさえ否定されることが怖すぎたのです。

『私は、頑張れば、面白いことができる。』そう思ったから、Aちゃんの前でいつも頑張って笑わそうとしていました。

でも、Aちゃんが見ていたのは、本当の私でした。頑張っていないそのままのナチュラルな私を見ていてくれていたんです。

『ナチュラルな魅力』それは決して自分にはないものだと思っていました。

 

『頑張って笑わせなくては。頑張って何かしなくては…証明しなくては!素の空っぽでバカな自分がばれてしまう。』

ずっとそんな風に頑張って生きてきた子どもの私に、

『もういいよ。よく頑張ったね。』と労いと心からの感謝の言葉をかけました。

セッションは終わり、体からは力が抜け、半ば放心状態です。

 

私の中では、大きくガラガラと何かが崩れた気がしました。

もう、頑張らなくてもよい。そのままの自分で十分魅力的なんだ。

それに気が付いた時、もう自分を証明する必要性がなくなりました。

 

 

【4】今回のセッションでの気づき、学びを日常の生活の中でどの様に生かしていきたいと思いますか?

また、宜しければこれからやってみようと思うこと、変えてみようと思うことを具体的に教えてください♪

 

頑張って、何かしなくてもよい。頑張って人を笑わせなくてもよい。

知らなくてもよい。何もなくてもよい。自分を証明しなくてもよい。

これはある意味冒険です。素のままそのままハートのままに。

それでも大丈夫!そんな自分を楽しめたらいいなって思っています!

 

 

【6】その他、何かあればご自由にどうぞ!(辛口、ブラック、ぼやき等何でもwelcomeです〜♪)

 

今回でコースが終わりとなりました。

毎回ざっくりとした大雑把なテーマや大きすぎる問題等、ややこしいテーマばかりでしたが

(ごめんなさい。笑)、問題を的確に炙りだし、短時間にはっきりとした映像として、

『これがセルフイメージよ!』という感じにズバリ!見せてくれるのは、さすが!!の一言でした。

ますみさんは、力強く底抜けに優しい愛の中しっかりとホールドしながら、

マトリックス空間で私のエコーを自由に泳がせてくれました。私にはそれがと~っても心地良かった!!

10回のコースの中では、本当に様々な私の分身に出会いました。

そのどれもが、たとえ怒っていても悲しんでいても怯えていても…、

そこで一生懸命に自分を生きようとしているいじらしく健気な子でした。

 

そんな、愛すべきエコー達を癒す過程で、私は私の事がまた一つ好きになり、

前よりも軽く…そして、芯のどっしりとした自分を感じています。

たとえ問題があっても(問題と見えていても)たぶん私は大丈夫!と、今はそんな気がしています。

ますみさん、この10か月の間、本当にありがとうございました!

Read More
07
2月
2017

絶対に父のことが許せない私【前編】

こんばんは☆

珍しく夜の投稿です♪

 

今日もセッションの感想文ですが

今日は前回『絶対父のことが許せない』の方の

一つ前のセッションのフィードバックです。

 

この方は書いてくださっている通り

性同一性障害であり、アーティストであり

一瞥体験あり、苦しみ方も半端なく…

回数はそれなりに通っていただきましたが

最初の頃が嘘のような今現在です♪

 

様々なテーマを崩しながら、一貫してこれだけは

動かなかった【父への許せない気持ち】

 

この許せなかった父への感情がこの2回のセッションで

今までが結びついたような形となりました。

 

父の癒しも『やっと着手』に至りました。

 

いやはや…

変われば変わるものなのです。

 

この最後に添付して頂いた写真2枚は私もずっと

関わっていただけに…じんわり涙目になりました。

このセッションの頃に見つかったなんて♪

いや…

泣けました❤︎

 

絶対に父に愛されているなんて許せなかったし

認められなかったのにね…❤︎

→すっかりお母さんの気持ち❤︎

 

*もちろんご本人の了承得ての掲載です。

長文なのでお時間のある時にどうぞ❤︎

 

***************

 

初セッションから10か月。
これまで、いろいろな癒しは起こっていましたが、
セッションを受けるきっかけになった、亡くなった父との
関係については、大きなシフトが起こらないままの状態でした。

私を苦しめた父、醜い姿を見せつける父、絶対に許せない!
そんな犠牲者としての自分が、ずっといました。

ただ父からの大きな愛情があることには、気づいていました。
父が一人ぼっちで苦しんでいたことも、うすうす知っていました。
でもそれをを受け入れたら、自分が崩壊してしまうだろうと思って、
怖くて必死で抵抗していたのでした。

そんな折、父の郷里、呉が舞台になった、
戦争がテーマのアニメ映画「この世界の片隅に」を
観に行ったのです。
この映画が結果的に、大きなギフトとなりました。

映画を観ている間中、スクリーンの中に父の姿を探し続けました。
号泣しながら、やっと父が一人の人間として、
距離をおいて見え始めました。
父が一生を通して、いかに深く戦争というものを
背負い続けたか、この映画を通して伝わって来た気がしたのです。

さらに道を開いてくれたのが、この映画の大ヒット。
まるで大勢の観客が、スクリーンの隅で孤独に苦しんでいた父を
見つけてくれて、父の一生を褒めたたえてくれたように、
私には受け取れたのでした。
「あなたのお父さんは、偉大な人だね!」と。
父を褒められることが、私の喜びになって行きました。

もちろんこんなふうに受け取れたのは、
これまでのセッションあってこそのことです。
癒しは、セッション中だけに起こることではないのですね。

思い出してみると、小学校低学年まで、私は父が大好きで、
父とのスキンシップがたくさんあります。
私を愛してくれる、守ってくれる大きな存在、
それがパパでした。

ところが小学校2年の時。
私が残したご飯を、父が「嫌だよ。そんなのは小さい頃だけだ」
と言って食べてくれなかったという「事件」が起きました。
その時、「大きくなった私は、愛されないのかな?」
という解釈が起きたのです。
私は性同一性障害でしたから、成長して自分の身体が
女性になっていくことも大きな苦痛でした。

それから中学2年の時に、家族が行かない場所で、
父の「エロティックな秘密の創作」を見つけてしまいました。
裸の女性の写真を鉛筆やペンで加工して、
異常に痩せ細った姿にした「作品」が大量にあったのです。
14歳の私がそれをどう解釈していいのかわからなくて、
ただ圧倒的な恐怖感しかなく、私の父は変態だと
思うしかありませんでした。

(父の死後、机の引き出し奥からこの創作がまた見つかって、
激しく動揺・・・それがセッションを受ける直接のきっかけでした)

その頃、両親の離婚話が進められ、父は家で怒りを
爆発させることが多くなりました。
一人っ子の私は、緊張と不安におびえながら、
毎日を過ごしていました。

私は両親の離婚を強く願うようになりました。
幸せ、より良くなることを考えての願いではなくて、
私の苦しみを、私と出会うすべての人たちに
理解してほしかった。
その証拠となる事実が欲しかったのです。
誰にでも伝わるような「血と汗にまみれて苦労している姿」
になりたかったのです。

この時から私は、苦労は買ってでもするようになりました。
世間知らず、お嬢さんと呼ばれないために命をかけて、
一般に人があまりしないことばかり、
無意識に選んで経験し続けました。
そして父の介護は、私が勲章にしきれなかった、
もっとも大きな苦労でした。

セラピーで、介護生活で苦しんでいる私を見て行きます。
介護中に一番辛かったのが、父に食事を出すことでした。
父がいきなり怒り出すことや、味について何か言われることが
怖くて、いつも膝を震わせながら、食事を運んでいたのです。

その場面を見て行くと「愛されていないと信じている小2の私」が
同化して一緒にいるのがわかりました。

父の介護をしていた50代の私は、実は小2の私だったのです。
その私が父の言動におびえ、傷つき、
「大きくなった私が、パパにできることは何もない」
と絶望していたのです。

そこから、ますみさんの提案で、もっと幼い5歳の頃の私に、
イメージの中で、食事を出すのを手伝ってもらうことにしました。

5歳の彼女は父が大好きで、父の愛情の中にいることしか知りません。
その5歳の私は、父を癒すことができたのです。
父はその子を見るとすぐに微笑んで、頭を撫でました。
その子が何もしてくれなくても、ただそばにいてくれるだけで
嬉しかったようです。

でも遊びたい盛りの彼女は、なぜ父が寝てばかりいるのか、
わけがわからなくて、泣き始めてしまいました。
「パパ、つまらないよ! 遊びたいよ!」と訴える5歳の私に、
声をかけて教えてあげます。

「パパがこうなるのは、とても自然なことなんだよ・・・
年をとると、みんなこんな風になるんだよ・・・
大好きなパパが年をとるのは、とても悲しいよね・・・
悲しくていいんだよ・・・」
5歳の私は、パパが老いたことを本当の意味で知って、
今度はそれが悲しくて泣きました。

次に、イメージの中で5歳の私が、父を癒して行きました。
ベッドに横たわる父に、ゆっくり話しかけます。
「小さな私には、どうにかできるわけじゃないけど、
パパが絶望し過ぎて、悲し過ぎて、だから怒っちゃうのはわかるよ・・・
なんとなくわかるんだ・・・
パパが怒っててもいいと思うし、絶望しててもいいと思うよ・・・
パパがそういう姿を見せてくれたことに、ありがとう・・・」

父は「なぜそんな話を始めるんだ?」と戸惑っていましたが、
徐々に泣き始めました。
自分が背負っているものを感じている様子です。
それは父一人のものではなくて、言葉にならないほど大きなものに
なって行きました。
それをそのまま、受け止めて行きます。

父は「死にたくない!!」と言って泣きます。
その思いも、ただ受け止めて行きます。

「死にたくないって思うの、当然だよ・・・
死が怖いのは当たり前だよね・・・
パパがずっとこの恐怖を抱えてたこと、
今まで気づいてあげられなくてごめんね・・・
ひとりぼっちで苦しかったね・・・辛かったね・・・
小さい私はパパの気持ち、ぜんぶわかってるから大丈夫だよ・・・
だって私はパパの子供だから・・・」

父の死への恐怖は、直接的ですごくリアルなものだったことが
感じられました。
引き裂かれた軍人の遺体のイメージが出てきます。
戦争、原爆という人類が背負ったエネルギー、
エックハルト・トールの言う、集団のペインボディではなかったかと
思います。

セラピーを終えて、私の原点が「ヒロシマ」にあることを
確信しました。
不思議なことですが、戦争も原爆も体験していないのに、
父を通して、亡くなった人の無念の叫び、絶望、権力への怒り・・・
それらがまるで自分が体験したかのような痛みとして、
いまここに感じられるのです。

ますみさんと話しているうちに、父と私は、実は同じ痛みを
共有する同士のような関係だったことに気づきました。

原爆投下直後、父が親戚を助けるため爆心地に入ったこと、
そこで親戚が一人残して全員亡くなっているのを見たこと、
あの地獄絵図を見たこと、18歳の父がどんなにショックだったかと
思い馳せます。
「戦争で死ぬ以外に、道はない」と思っていた父が、
戦後、価値観をガラリと変えなければならなかったことで、
どんなに絶望感を深めてしまったことかと想像します。

父の「エロティックな秘密の創作」も、戦時中の食糧難で、
痩せて心身ともに荒んだ女性たちを前に、多感な10代の父が
美として受け取ったものを表現したのではないかと、
少しずつ感じるようになりました。
それを変態と名づけることもできますが、
とにかく描かずにいられないほど、心を動かされたものだった
ことがわかります。

それらは、今まで私が気がつくことを、必死で避けて来たことでした。
私に見つけられることを待っていた大好きなパパ、
そしてパパに愛されたかった小2の私でした。

今、父を失った悲しみが、今頃になってせきを切ったように
湧いてきて、まるでつい最近、父を亡くしたような感覚です。
もう一周忌を過ぎてしまったなんて、信じられない・・・

父の遺品を見ているのが辛くて、父に怒りをぶつけるように、
すぐに処分して、早々にリフォームもしてしまいました。
今は父の生活の痕跡がまったくない、空っぽの部屋を見るのが
とても悲しくなっています。

呉の写真を探していたら、私の小さい頃の、
両親に大事にされていた様子がわかる写真がたくさん出てきました。
どうやっても抗えないもの、父の大きな大きな愛情が、
私の中になだれ込んできます。

今回は、ますみさんの人生経験の深さと、
人類レベルの深い悲しみに寄り添える安定感を、
強く感じるセッションでした。
ますみさんがセラピストで、本当によかった!と
(何度も言っていますが)思います。

 

Read More
02
2月
2017

エネルギーは変化するから大丈夫

おはようございます♪

今日もピカピカのお天気ですね~

数日前にまたRFTの佐藤純子さんのサイトで

クライアントさんのご感想を載せて頂いたので

シェアします♥

 

この方は30代、シングルでお子さんを育てています・・・

継続中で2~3年前から色々なテーマを取扱い中です。

 

この間に本当に色々ありました・・・

 

まずは自分への猛烈な否定感・・・

自分がいかにダメか、自信を持ったらダメか・・・

セルフイメージに対する濃い投影・・・

お金に対する問題・・・

仕事に対する問題・・・

家族問題・・・

 

*セルフイメージとは自分が自分をどんな人だと

「思い込んで」いて、それが濃いときはもう、アイデンティティー

そのものになりそれが苦しい自分像だと半端なく全てが

苦しい世界で生きていることとなっています。

 

例えば「私は絶対に誰からも理解されない一人ぼっち」という

セルフイメージがあると・・・

 

誰かが親しくしてくれても・・・

どんなにみんなが楽しそうでも・・・

ここは安心できる場所と頭では思っていても・・・

うっすらと、しっかりと「私はここでも一人」とか

「深い孤独感」や「世の中への緊張感」が

通常モードでいつも支配しています・・・

 

一見楽しんでいるようで溶け込んでいるようでも

ご本人の心の中は嵐のこともあります。

 

今回は保育園のお母さんたちとどうしても馴染めない・・・

意地悪な人がいるわけでもないし

子供の為にもママ友を作りたいけれど・・・

どうしても保育園帰りのおしゃべりが苦手で

視線を合わせないようにしようとか思っていました。。。

 

視線を合わせないことで・・・

馴染まないことで・・・

 

「私の孤独感を感じなくて済む」

本当の声を拾っていきます。

 

それが本当に見えてきた時に・・・

 

自然に全てが緩まり、知らない間に

苦手を感じなくなっている自分がそこにいます・・・

 

一つのテーマから色々な自分の心の構造を見ることで

全てが繋がっていくことは良くあります♪

 

==============

こちらからどうぞ♥

http://matrixrft.blog.fc2.com/blog-entry-37.html?sp

Read More
28
1月
2017

絶対に父が許せない私【後編】

おはようございます♪

今朝もいいお天気ですね・・・

最近、朝、少し歩く時間を設けています・・・

この時間はただぼーっと朝の空気や太陽の暖かみに

身を任せていてもいいし、簡単な自己ワークをしたり・・

なかなか気に入っています♥

 

==========

今日はセッションを受けてくださった感想を

許可が下りているので載せてみたいと思います。

長文ですが、この方のジャーニーが本当に深く

今までのセッションの統合的な時間でもありました。

お時間あるときに是非どうぞ・・・♥

 

50代、女性、アーティスト、一瞥体験アリ

継続中の方で1年以上ずっとご自分のジャーニーを

深めて行っています・・

一年前にここに来たときはお父様を亡くされたばかりで

様々な出来事に、かなりアップアップな

苦しい状態でした。

180分結婚コースのセッションです。

 

でも、今では過去の自分を笑いながら振り返れる

余裕と全てが「赦しの中」で起きていたことが

身体を通じてもしっかり浸透しています・・・

 

***********

 

今回は、これまで事実だと思い込んでいた私の不幸のストーリーが、 かなり緩んだ状態から始まりました。

あとから音源を聴くと、ますみさんも、 最初から深い受容の世界を前提に、セッションを進めていたような? そんな印象を受けるんですが・・・

「姿を変えたくないと言う自分のアイデンティティを消すのではなくて、

癒して違う形にしようとするのではなくて、 その形でいる理由を、徹底的に訊いていくこと」

というますみさんの言葉の通り、 まず、父が亡くなったことで、私の中から出てくる後悔の声を 丁寧に拾っていきました。

小学校6年の時、自ら遊びを禁じて、校舎の前に一人、孤独に 立っていた私。

その私が「大人になりたくない」「成長したくない」という思いを 強烈に抱えていたことを再認識。

遊びたい!という激しい衝動のエネルギーを身体に封じ込めたまま 今まで生きてきたことに気づきました。

とても自然にセラピーに移り、父の死に対して抱いていた思いを RFTで癒していきます。

途中、亡くなった親友が現れて、癒しに参加してくれました。

今まで毎回のように出てきた「緊張感」が、やはり大きなテーマに なっていきましたが、

その緊張感の根源は、 私が住んでいるシンボリックな家であり、

すべてが緊張感の中で起こっていて、起こることはどんな苦しいことであれ、

すべて家のエネルギーに守られていたことに気づきました。

家から思い出したのが、シルヴァスタインの絵本「おおきな木」。

一人の人間に与え続ける、りんごの木の話です。

昨年春のセッションで、すでに家に対して「おおきな木」のイメージを 持っていましたが、また出て来てくれました。

私にとっての「おおきな木」・・・それは、家と、離婚した両親でした。

亡くなった両親が天国で会っていることを思い浮かべると、 2人はお互いのことを気にかけていた様子で、子供である私のことを 話していました。

「あの子が生まれて、本当によかったね」と。

その両親のイメージは、朝霞の施設の行き帰りに見た空にありました。

亡くなった両親が、朝霞の空で微笑みながら話していて、 それはそのまま、大きな受容のエネルギーになって行きました。

すると、私はこれまでずっと「おおきな木」の中にいたことに気づきました。

いくら抗っても「おおきな木」の中でしかなかったこと、 「おおきな木」という受容の中でしか、私のストーリーが生まれなかったのです。

先日垣間見た、父を通した戦争と原爆のペインボディは、 とても大きくて恐ろしかった・・・

でも、そのペインボディすら、この果てしない受容の中にありました。

戦争は、人間の恐れのエネルギーから起きます・・・ しかしその恐れのエネルギーはもともと、この大きな受容がなければ 生まれることはできないんです。

朝霞の空の下には誰もいなくて、何かがうごめいていましたが、 とても静かでした

どこにも行く必要はありませんでした。

何かの姿になる必要も、ありませんでした。

このままで、何の問題もなかったんです。

すべてがそこからしか起こり得ないのに、 問題をわざわざつくっている人間、

その問題をつくることも、受容の器あってこそつくることが出来た。

すべては、すでに赦されています。

この果てしない受容は、私、知っていました・・・!

小さい頃はもちろん、今の今まで、ずーーっと知っていたことです。

「これのこと」という非二元の本がありましたが、 本当に「これ」という感じ。

あまりにも身近で、何となく気づいたらヤバいことだと 思っていただけです。

気づいたらヤバいからこそ、それを非二元とか言って、 いかにも凡人には理解できなさそうな、

高尚な知識や概念にして、大人っぽく説明していた。

本当は誰でも知っているし、誰もが一度もそこから離れたことはないし、 離れることは不可能です。

一瞥体験は、ただの体験に過ぎないと言いますが、 まったくその通りです。

私の一瞥体験は、強いて言うなら、 突然襲って来た「身体感覚」でした。

ある日突然、自分の身体と自分以外のものが、 完全に一体だとわかったんです。

その時、すべてから名前と意味がなくなった。

それだけのことで、このセッションのような、 大きな受容の感覚はありませんでした。

つまり、名前と意味が消えた世界に対して 個の私が動揺していて、そこに赦しがなかったんです。

絵本「おおきな木」からここに繋がるとは、予想外でした。

この「おおきな木」を、言葉で表すことはむずかしいです。

とりあえずは、「果てしない受容」「うごめくアート」 「永遠の静寂」・・・でしょうか。

本当に今回は、大きくシフトした回だったと思います。

 

Read More
17
1月
2017

世界の大崩壊という「赦し」♪

こんにちは♪

今日はセッションとセッションの間の休憩中に

RFTというセラピーを作り出した佐藤純子さんから

私のセッション例をサイトにあげた

お知らせを受け取りました。

 

物凄いエネルギーの大崩壊の後に顔を出した

赦しのエネルギー…

 

私も思わずこんなセッションはもらい泣きします…

そういえば最近、もらい泣き多いかも☆

 

癒しって奥深く、色々な形があり…

そしてなんて私たちは複雑で繊細で愛しい存在なのでしょう、、、

 

ただ、脱帽です❤︎

今回のクライアントさんは40代前半

今も継続中の方で女性。

2年以上どんどん深い癒しに移行中です。

 

癒しは苦しい自分を救うものから自分の世界観を

より自由でラクなものにすることへ変化しておられます。

「知らなくて違う解釈で厳しく生きてた自分」から

何一つ周りは変化していないのに

「世の中は本当はこんなに優しくて温かかった」の世界へ

ようこそ♥

お待ちしていました♥

*長文ですがお時間あるときに・・・♪

===============

 

ずっと涙目が続いています。
あの気付きを思いだすだけで、涙が又あふれます。

先ほどセッションの最後に話したように、癒しって凄いですね。
こんな素晴らしい気付きがあるんですから。

問いかけででてきた、“ 私は置いていかれる ” という思い。

そこから見えた洞窟で1人体育座りをしていた
カレンという少女のエコー(*)を解放するために彼女によりそいました。

何があったのかわかりません、彼女と両親、移動する沢山の人々。

食料は底をつき旅の途中で倒れる人々。

彼女は10さい位。
生まれた時から足が悪く元々長旅は難しい状態でした。

彼女を庇う両親、弱っていく母。
自分がいなかったら母に食べ物をあげられる。
そして彼女はこの洞窟に残ろうと決意したのです。

しかし本当は母にあいたい、悲しい、そんな思いが彼女の胸を占めていました。

ひとつ、ひとつ、出てきた思いを丁寧に寄り添いながら
私は彼女に強さを感じていました。

彼女は、幼いのにこんな決断ができるなんて!

思いを伝えると彼女の中にも又気付きがあったのでしょうか?

「もしかしたら私がしたことは両親を逆に悲しませる事だったのかもしれない!」

彼女の気付きは私の気付きにも重なり、激しく感情が揺さぶられました。

「彼女が見ている世界は何色ですか? 」

ますみさんの声が遠くで聞こえました。

「黒に近い灰色。」

そう答えていました。

「その中で光があるのを探してみて。」

暗い世界の中で彼女の手のひらに光が!

彼女は光を握りしめていました。

「その光から外を見てみて」

ますみさんの声に半信半疑ながらそっと手をかざして光を覗きこみました。

そこは真っ白な光の世界でした。

「彼女の世界はその光の中に包まれているの。
その光の中でしか彼女の世界は存在できない!」

ますみさんの声と同時に何かが崩壊していきました。

声をあげて泣きました。

私は元々許しの中にいたんだ!!

何があっても私は許されていた!

その圧倒的な気付き。

泣くことでしかその感動?気付きを、表現する事が出来ない自分がいました。

彼女は私にこの世界を見せる為にいてくれた。

彼女を助ける為に寄り添っていたのに、実は私を癒す為にいてくれた。
そう、私が救われていました。

なんとゆうエコー愛でしょうか。
彼女に感謝しかありませんでした。

光の中で両親と笑っている彼女を感謝の中で見送りこちらに戻ってきました。

あの世界の中に私は元々いたのですね。
世界はすでに許しの中にあるのだと。

気づきを与えてくださった、ますみさん、そして、エコーのカレン、
なにもかもに感謝して今日のセッションの感想を終わりにしたいとおもいます。

本当にありがとうございました。

なにもかも許しの中にある。

だから精一杯生きようそう感じています。

すでに許されているんだから。

気付きに導いてもらい、一緒に涙してくれたますみさんの涙、忘れません。
そして本当にありがとうございました。

・..。.: *☆* :.。. .・..。.: *☆* :.。. .・..。.: *☆* :.。. .・..。.: *☆* :.。. .・
※エコー(ECHO):Energy Consciousness Holograms の略。
エネルギーが形としてイメージされる、インナーチャイルドのような存在。

Read More
  • 先頭へ
Copyright (C) 2014 Healing space mamy All Rights Reserved.